「はぁ…はぁ…」
瑞綺が赤也から逃げて向かった先は図書室だった。
担任が図書委員会の顧問だったため、本の整理を頼まれたのだ。
図書室につくと鍵は開いていて人の気配がした。
といっても図書室は広く、入り口からは誰がいるのか分からなかった。
瑞綺は司書室に荷物を置き、山積みになっている書類を倒さないように本のリストを探した。
「はぁ。何でこんな散らかってんだろ…」
司書室の惨状を愚痴りながら見つけたリストを手に部屋を出ようとした。
だが
「すみません。この本、借りられるでしょうか?」
一人の男が本を借りにきたために憚られてしまった。
瑞綺はその男が誰かを知っている。
「柳生先輩…」
「おや、藍沢さんでしたか」
柳生は去年から図書室に通っており、去年も図書委員だった瑞綺とは顔見知りだった。
「別に借りられますけど。借りるなら早くしてください」
瑞綺は早く仕事を終わらせて帰ろうと思ったのに邪魔されて不機嫌になり、刺のある言い方になってしまった。
まずいと思ったが柳生は不機嫌な理由を察知し、苦笑いに答えた。
「すみません。ではお願いします」
差し出された本を受け取り、貸し出しの処理をする。
パソコンの読み込みが遅く、イライラしていると柳生が声をかけてきた。
「何か仕事があるなら手伝いましょうか?」
「大丈夫です」
「そんな即答しなくても」
柳生が苦笑する。
「私一人で間に合う仕事です。それに先輩には部活があるでしょう?」
パソコンの読み込みが終わり、本を渡す。
「また今度、先輩の時間があるときにお願いします」
そう言ってリストを手に司書室を出ると、柳生が後ろからついてきた。
「…何の用ですか」
「あなたはいつもそう言って逃げますからね。今日くらい手伝わさせていただきます」
振り替えると柳生は営業用スマイルでこちらを見ていた。
何となく威圧感がある。
「はぁ。分かりました。お手伝い、お願いします」
「よろこんで」
断っても引きそうになかったので手伝ってもらうことにする。
説明をし、作業開始だ。
―――
―――――
「そういえば」
「はい?」
黙々と作業する中、不意に柳生が口を開いた。
「この間入った新しい本、読みましたか?」
「あぁ…読みましたよ。入ってきた本はカバーされる前に読んじゃってます」
「今は借りられてますよね。返ってきたらとっておいてほしいのですが」
「そんなことしなくても私その本持ってますから貸しますよ?」
「本当ですか。でしたら今度お願いします。あの作家の本は好きでして」
「私もです。あの人の本は全部読みました!!」
「…クス」
「?」
手を止め、いきなり笑った柳生の方を見ると穏やかな顔をした彼と目が合った。
「やっぱり…」
「なんです?」
「あなたは笑ったほうがいいですよ。そんな綺麗に笑えるのですから」
「?」
何のことかと眉間にしわを寄せれば頭を撫でられた。
「何か辛い事があったなら一人で抱え込まないでください。さっき、泣きそうな顔をしていましたよ」
瑞綺は気まずそうに顔をそらした。
自分の感情をあまり他人には悟られたくなくポーカーフェイスを貫いているつもりだったが、完璧ではなかったらしい。
「ご心配いただきありがとうございます。ですが何もありませんので。…あ、それが終わったのならもう大丈夫です。部活に行ってください。ありがとうございました」
拒絶のオーラと共に反論されないようにまくしたてる。
「ですが……。はい、分かりました。何かあったらまた手伝いますので」
柳生もそれを感じたのか、不服そうだったが図書室をあとにした。
パタン、とドアの閉まる音が聞こえると、瑞綺はその場にずるずると座り込んだ。
「どうせ偽善でしょ…。頼んでもいないのに関わらないでよ……!!」
瑞綺の小さな叫びは誰にも聞かれることはなかった。
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