「保護って…。あなたは一体」
「説明は後で。とりあえず連れて行くから」
誰なんですか、と続くはずだった言葉は男に遮られた。
黒子は兎に角混乱していた。
急に現れた目の前の男。その男の言葉に。
保護をする理由はわかる。今の自分の状況を考えれば当たり前だ。
だが、この男と黒子に面識は無く、男が黒子を助ける理由がない。
また、男が言っていた借りが何のことかもわからない。
そんな僕の気持ちが理解できたのだろうか。彼はゆっくりと、しかしイラついた表情をしながら話し出した。
「君、前に妊婦を助けただろう?」
「あっ」
妊婦ときて思い浮かぶのは1つの出来事。
「あの人、大丈夫でしたか?」
あの優しい人。儚くみえる容姿ではあったが、内面は強かな人なのだろうというのが印象に残っている、あの人。
黒子のその問いに、男は頷くことで答える。
それにこのような状況の中でほっとした。心配だったのだ。見ず知らずの黒子を心配してくれた、あの人が。
「あの子が君にお礼がしたいって言ってね。調べたんだよ、君のことを」
お礼がしたい、だなんて。寧ろ、感謝したいのはこちらの方だと黒子は思う。
調べたと聞こえたが、黒子は無意識にシャットアウトしていた。
「そして、今の君の現状を知った。……ら、あの子が怒りだしてね。まだ出産して間もないってのに大暴れ。許せない!だなんて言って、君を保護するように僕に頼んできたのさ」
「……そうだったんですか。ありがとうございます」
お礼を言った黒子は知らない。
この男は嫉妬深く、本来なら彼女が仲間以外の他の人間のために感情を揺さぶられることをよしとしないことを。もし、その彼女とおなかの中にいた赤子を助けた人物でなければ病院送りは確実だったということ。
まさに知らぬが仏である。
そんな時であった。
チッ、と小さな舌打ちが聞こえたので顔を上げれば、元々イラついている様子を見せながらも表情にはあまり出ていなかった男の顔が歪んでいた。顔立ちが整っているせいで、そんな顔でも見苦しくないのが羨ましい。
「いいかげん、鬱陶しいな」
何がですが、と問えるような雰囲気ではなかった。
「…行くよ」
気付いたときにはもう男は歩きだしていた。
…僕の腕を掴んで。
「君、危機感がまるでないね。確かに君は気配が薄いけどいなくなるわけじゃない。…………君の行動、全て監視カメラで筒抜けだと思うよ」
突然発覚した新事実に呆然とした黒子が連れ込まれたのは。
「哲、出して」
「はい」
いかにも高級そうな、座り心地抜群の車だった。
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