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「祐くん〜!」

夏休み気分も抜けた秋のはじめ。
午前中の講義が終わって食堂に向かっていると、ちょうど探していた人物に少し離れたところから呼ばれた。
講義棟のロビーに響いた声に、声のする方向からそれが向かった先(つまり俺)へと周りの人達が視線を向けるが、いつものことだから、羞恥心に対してもう諦めがついてしまっている。

「啓太、うるさいよ…」
「えへへ、ごめんね〜」

駆け寄って来てふわりと微笑んだ啓太は可愛らしい。が、公開処刑にも近い仕打ちを受けたことを思い出して、肩を軽く小突いて抗議した。

啓太は大学に入ってからできた友人だ。何でも、実家は神社で、学生をしながら宮司もやっているらしい。
彼を初めて見た時、なんて柔らかい空気を纏っているのだろうと驚いた。同じゼミの奴らに「歩く空気清浄機」などと称されていたのを耳にしたこともある。そんな優しい雰囲気に、女子学生からの人気もあった訳だが、どうやら男にも人気があるらしい。
彼と友人になったのも、先輩の男子学生に襲われそうになっていたところを助けて以来、懐かれてしまったからだった。実際に一緒にいると、落ち着くし楽しいのはいいが、わんわんと鳴きながら寄ってくる姿は、まるで…

「…犬?」
「っ!」

そう言うと、啓太は目を落っことしてしまいそうな程丸くしてこちらを見上げた。

が、すぐにへにゃっと困ったような、寂しげな笑みを浮かべて「祐くんひどい!」とか何とか怒っていた。


まただ、コイツ…
たまにそんな顔をする。


仲良くなった頃くらいからたまに思っていたが、啓太はふと何か懐かしむような表情や、寂しげな顔をすることがあった。

啓太はいつも誰にでも明るく振舞っているし、そういう表情を見せるのはほんの一瞬だからなかなか気づけない。何かあるならいつでも話を聞くし、相談して欲しいとは思うけれど…無理に聞き出そうとは思わなかった。何より、本人が訊かれることを避けているようにみえるのもあるが…


直感的に思う。
俺と同じで、啓太も何かを抱えている人間なのかもしれない。


だから訊けないし、訊かない。


他人が心に踏み入ってくるのが、何よりも怖いとわかっているから。


次の言葉が浮かばなくて沈黙を持て余すが、啓太とのあいだの沈黙は苦ではないと思う。
間を繋がなくとも自然と次の話題は起こるし、沈黙を取り繕ったり、相手の顔色を窺って過ごすことは、啓太との関係には必要ない。

真っ当な人間関係を殆んど築いて来なかった自分からすれば、それは貴重な関係なのだ。


啓太以外であれば、アルバイト先の居酒屋の店長か…もしくは、


もうひとり。


智也さんくらいだ。




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