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ぎし、とベッドが軋んでぼんやりと覚醒する。
休日の前の晩にこのベッドで過ごすことは習慣になりつつあった。
腰のすぐ横あたりが軽く沈んだかと思うと、彼はそろそろと布団に潜り込んで、背中ごしに手を回してくると、その手はすぐにTシャツの下をまさぐり始めた。
先刻まで散々弄られて腫れた蕾は、感覚を倍増させる。
こんな感覚を知ったのはつい最近のことで。
甘くなりかけた吐息を飲みこみ、辛うじて罵倒する。
「…変態」
「あ、起きてた?」
ごめんねー、と悪びれずに言うのが桐谷智也の悪い癖だ。詫びる気持ちなんかこれっぽちも持ち合わせていない。
もっかいしてもいい?と耳元で囁く声はもう欲を孕んでいて、背中側にその熱を押し当ててくる。
そして、思い出されるのは先程まで後ろを出入りしていた、熱。
「…別にいいけど」
そう答えた自分の声が、ひどく物欲しげに聞こえた。
気持ちいいことは嫌いじゃない。それを認めたら楽になるんだろうか。
「…祐樹」
そう自分を呼ぶ声は、甘くて。
『愛されている』と錯覚しそうになる。
でも、そんな筈はないんだから。勘違いだ。
考えることを放棄するように、与えられ始めた快感に目を閉じた。
出会ったのは2ヶ月前。大学生になったばかりの6月だった。
居酒屋のバイトが終わり、アパートに帰ろうとしていると、突然後ろから自分の名前を呼ばれた。
「片岡祐樹さん?」
驚いて振り向くと、自分より頭一つほど背の高い男がいた。サラサラした茶色の髪。
上等なスーツをさりげなく着こなす彼は、見覚えがあった。たしか…
「…うちのお客さん、ですか?」
「覚えてくれてるんだね」
そう言って微笑む彼は、週末になるとよく見かける客だった。仕事仲間のような人といたり、彼女のような人を連れていたり。相手は様々だったが、何せ人目を引く容姿だったからよく覚えている。
「だって、毎週来て下さってますよね?」
「そんなことまで!嬉しいな」
「…目立ってますからね」
彼がいると、居合わせた女性客がちらちらと視線を送っていることも多い。それに気づいてしまうほどに自分も見ていたのだと思うと、男としてやるせない気持ちがしないでもないが。
そんな彼が一体何の用なんだろう。
怪訝に思っていると、彼はとても不思議なことを言い出した。
「…君の方がよっぽど目立ってるよ」
「え?」
「だからこうして声掛けた訳だし」
「そ、それはどういう…」
「ご飯でも、どう?お腹空いてない?」
目の前でにこにこしている大人はとても魅力的な提案をしてくる。
今日のバイトは忙しくて、ろくにまかないも食べられていなかった。
でも初対面だし、という言い訳は、空腹が黙らせていた。
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