epilogue


「……天使くんは、消えちゃうの?」

 思ったまま、聞いてみる。

「いいえ」

 返事は早かった。

「羽はまだあるんです。それにオレはなつきさんの守護テンシですから、これからもそばにいます」

 ふわあっと深くなった笑顔と一緒に、ふわあっと、色々なものが軽くなった。

 気が付けば、部屋全体が淡く発光していた。
 ほわほわと温かい感じは日溜まりに似て、さっきまでの心配な気持ちを安心に変えていく。

「……きれい」

 手の中の羽根も部屋中に散った羽根も、ほんわり光って、きらきら舞いながら消えていく。



「……あなたでよかった」

 ふわりと、声が聞こえた。
 指先から、私の右手が持ち上がる。

 天使くんの右手。優しい手つき。

 手の甲──頭を垂れた天使くんはしなやかに、そっと、祈るようなキスをした。


 時間が止まったみたいに感じたのはきっと、私が彼に見とれていたせいだ。赤くなるとか、そういう反応も遅れるくらい、天使くんは美しかった。

 弱ったことに、不思議と涙がこぼれた。


「……あのね、天使くん。私」

 顔を上げた天使くんは私の涙に驚かない。

 何も言わないって決めた。嘘も本当も、自分で隠したものは全部、言わないって。
 だけど……押し込めるのは、無理そう。

「私……昔の話にするには、まだ、時間がかかりそうだから」

 真剣だけど優しい眼差しで私の話を聞いてくれている天使くんに、隠したものは伝わらなくていい。けど、隠し事を作った私のことは受け止めてほしいとか、そんなことを思った。

 体に力がこもる。

「大切に……持っていてもいい、かな……?」

 ちょっと震えてしまった。色々すっ飛ばした上でよくわからないことを言ってる自覚はあったけど、私が口にできる言葉はこれで精一杯だった。これ以上は、下手なことまで言っちゃいそうな気がしたから。

 そろりと伸びてきた左手が私の目尻に浮かんでいた涙をすくう。天使くんは見たこともないような不思議な顔つきをしていた。
 泣きたいのか、怒りたいのか、もしかしたら本人もよくわかっていないのかもしれない、不思議な表情。
 でもそれは一瞬のこと。多分、私以外には見えないと思うくらいのわずかな時間。

 天使くんは迷いでも振り切ったように、いつものエンジェルスマイルを浮かべた。

「もちろんです」

 はっきりとした口調。
 肯定の言葉。

 ああ、私も。
 私も、天使くんでよかった。

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