episode.7


 少女の口から「好き」という単語がこぼれ落ちたそのとき、辺りに漂っていたアクマの気配が一層強まった。テンシがそれに気付いて少女を強く抱きかかえようとした刹那、黒い──暗い闇が、テンシを突き飛ばした。

「なつきさん!」

 テンシが床に倒れると同時に、少女の体は力を無くし、重力に従ってふにゃりと崩れる。

「ゲームセットってところだな、天使?」

 テンシを突き飛ばした闇がするりと人の形を作り、意識を失った少女を片腕で抱き留めた。

 闇から生まれたその人影は、くつくつと笑い声をもらす。少女が好きだと言った人の姿で、テンシが忌むべき笑い声を。

 どこまでもどこまでも純に暗い、真っ黒な瞳。髪も服も、すべて黒に染まった青年の姿。

「……っ、なつきさんから離れろ!」

 少女の元に向かおうと体に力を入れたテンシはしかし、その場から動くことすらできなかった。

「くっ……!?」
「威勢だけよくて立てないんじゃあ、格好付かないよなあ?」

 まるで全身の骨を抜かれたかのように、入れたはずの力はどこかへ流れていく。

「お前はしばらくそこで寝てろよ」

 アクマの手から現れた槍のようなものがテンシの小さな体に突き刺さり、壁際まで吹き飛ばした。どん、と鈍い音のあと、それは宙に消えた。




 テンシは闇の中で夢を見る。


 なんて悲しい夢だろう。
 なんて苦しい夢だろう。

 反動で、ひどく憎悪に満ちた夢だ。

 ──こんな歪んだ思いを、テンシが抱くことがあるっていうのか?

 ──ぼくと同じ、テンシが? どうして?

 ──いや、違う。アイツはテンシなんかじゃない、アクマだ。


 テンシは暗い夢の中に、光を見つけた。


 ──あれは何だろう。

 ──こんな淀みの中で、見えないものに守られているみたいに光る、あれは。

 ──あれは、なつきさんに似ている。ぼくが守りたかった人に似ている。今度こそ、守護したいと望んだ人に。

 ──守らなきゃ。まだ、まだきっと間に合うはずだから、守らなくちゃ。ぼくは彼女の守護テンシだから、こんなところで寝ていられない。間に合わせるんだ。


 ──なつきさん、気付いて。

 ──ぼくの、オレの声に気付いて。

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