prologue


 わたしの言葉に天使くんはきょとんとして(これがまた小動物みたいで何とも言えないかわいさ)、そっと自分を指差した。オレですか、と言いたいのだと思う。
 もちろんそうなのでうなずいた。

「オレは恋なんてしないからよく分からないです」

 少し困ったように眉を下げて、天使くんはぽつりと答えた。

 私は少し震えた。
 おんなじ。同じだ。シャカイジンだっていっても、恋しない人、いるよね。いても、おかしくないんだよね。そう、だよね?

 初恋なんて、正直に言うと、まだ体験していない。もう大学生だから、周りの子たちには散々疑われたけれど。

 なつきちゃん、それって普通じゃないよ。

 何度も聞いた。
 何度も、言われた。
 だけど、それでも、私は恋なんてしたことないし、しようと思ってできるものだとも考えてなくて。
 そんなこと口にしたら、また、変だって攻め立てられるような気がして。

 同じようなひとは、もういないから、理解されなくていいと思っていた。

 だから。

「天使くんもそうなんだ! あのね、私も本当は恋とかしたことなくてね……ひえっ!?」

 感きわまってしゃべり出した途端、どすん、と、何かにぶつかって、私はコンクリートの地面に転んでしまった。
 びっくりした顔の天使くんが見える。さ、さっきまでは前に何もなかったっていうのに。
 私、ぶつかったって、状況かわからなかった。

「なつきさ……」
「あっ、わ、悪い! 大丈夫か?」

 天使くんの声に被さったのは、きちんと声変わりした男性のものだった。
 黒いパーカーに黒いジーンズ。髪の毛も黒、瞳も、当たり前だけど、黒。真っ黒な男の人。

 謝られたってことは、私って、この人にぶつかったのかな。だったら、こっちも謝らなくちゃ。

「平気です。見てなくてすみませんでした──」

 しゃがんでくれていたその人は、半袖だった私の腕を掴むと、地面に擦って血が滲んでいた手のひらをべろりと舐めた。

「なつきさん!」

 天使くんが大声で私の名前を呼びながら、その男の人と私との間に割って入ってくる。

「なつきさんに触るな」

 ふわふわの羽があるほうの背中を向けられているから、彼がどんな顔をしているのか予想も付かない。
 でも、その声には刺があって、真っ黒な男の人もちょっと驚いているみたいだった。

「あー、何か知らんが、邪魔して悪かったな。俺も今度から気ぃ付けるわ」

 いきなり噛み付かれたにも関わらず、その男の人は優しい笑顔で手を振って去って行った。

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