episode.8


 天使くんは嘘を吐くことができない。
 だから、彼の言葉に偽りはない。

 恋をしないということも。
 私を好きだということも。
 私のそばにいたいということも。

 全部、嘘じゃない。
 天使くんの中に恋という感情は存在しないから。天使くんの中にあるのは、ただひたむきな、ヒトへの──私への「愛」だから。

 愛をもって私の恋を応援するなら、天使くん、困るでしょ?

「なつきさん……?」

 私が天使くんに恋をしちゃったら、困るでしょ?

「どうして、泣いて、いるんですか……?」

 そんな狼狽えたような声を出さないでほしい。かわいくて仕方がなくて、困らせたくなる。

「なつきさん」

 私の隣りに移動してきた天使くんは、私の様子をうかがうように声を掛けてくる。

 今なら「彼」の気持ちがわかる。
 好きなのに好きって言えなくて、好きになってほしくないけど、それでも一緒にいたいから、ぎゅって我慢していた「彼」の気持ち。

 「彼」はとても優しいから、そこにいるために食べてきた女の子たちのこともすごく悲しんでた。忘れられたとしても、覚えていたいって、大切なことを忘れて泣いていた。

 罪だって、泣いていた。

 ……私は、天使くんが私を愛してくれてることを、忘れない。私はその愛に応える。

「ごめん、ごめん。ほら、私、あの人に食べられたときに記憶無くしちゃったから。一緒に忘れちゃったの! だからちょっと苦しくて」

 そのために、私は嘘を吐く。
 天使くんがどんな顔をしていたって、嘘を吐くよ。

「でも、天使くんが応援してくれてるなら、新しい恋もすぐに見つかるよね! お姉さん、がんばっちゃうよー……ふえっ?」

 抱き付かれた。

 いや、あの、このタイミングでそんなことされると、冷静になったときに心臓がフル稼働するから遠慮したいんだけど! ついでに石化してるからどうにかしたい!

 ここは茶化して引っ剥がす!

「ど、どうしたの、天使くん。さては私の新しい恋を阻むつもりだな!?」

 天使くんの頭はぴくりとも動かなかった。

 ……。

「え、ええっと? どうしちゃったの、天使くん?」
「わかりません」
「え?」

「これが正しいと思ったんですけど……」

 言い淀んだ天使くんはのろのろと私から離れていく。

「うーん……」

 自分のしたことの意味がわからないらしい彼は、視線をうろうろさせながら、そんなところには落ちていない答えを探す。

 じわりと脳に達した熱のせいで、口がすべった。


「……好きだよ」


 天使くんの視点が私に定まった。

「私は天使くんのことが好き」

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