episode.8 とにかく、この沈黙、得も言われぬつらさだ。 何も言わないのに見つめられるだけとか、時間が経てば経つほど、話しにくくなるんじゃないかと。 よし! 天使くんはきっと、私を急かしているんじゃなくて、待ってくれているんだ! そういうことにしておこう! さすれば早く口を切るべし! 「あのね、天使くん!」 思い切って話し掛けると、天使くんはいきなり、にっこり笑った。 え!? 「おはようございます、なつきさん」 「お、おはよう」 「リゾット、作ったんです。食べてください」 「あ、うん。ありがとう……」 いつ見ても癒しとしか言いようのないエンジェルスマイルであっさりとリゾットを勧められて、私はスプーンを手に取った。天使くん、意味がわからない。 ライスをすくって口に運ぶ。芯がちょっとだけ残してあるのか程よい固さで、トマトの酸っぱさとその甘みにバランスがとれてておいしい。 「どうですか?」 尋ねてきた天使くんは、好きな男の子に初めての手作り弁当を振る舞う女の子みたいでかわいかった。 「すっごくおいしいよ。ありがとう!」 私もそれっぽい返事をする。 「ああ、よかった。なつきさん、ずっと口を利いてくれないのかと思いました」 え、と思った。 私、天使くんと口を利かないなんてこと、したっけ? 天使くんは浮かべていた笑顔を穏やかに緩めた。うっ。どぎまぎしそうになったけど、平静を……。 「無事で、よかった」 ダメだ。 平静とか保てるわけない。 そもそも、こんなにキュートな天使くん相手に動揺しないほうがおかしいんだよ。まっすぐなまなざしを受けてみればわかる、ノックアウト間違いなしだから。 こういうやり取りは前にもあったはずなのに、ぼわーっと上がり始めた体温に右往左往してしまう。この熱、頭にだけは響かないでほしい。 「教えてください。なつきさんに何が起きたのか。アイツはどうして、消えたのか」 わかってるよ。教えるよ。 真剣な質問には真剣な答えを返さないといけないから。あいかわらず気は進まなかったけど、そのあとに投げられるであろう質問の答えを考えながら、アクマのルールをかいつまんで説明した。もちろん、「彼」の心に同化していたことも伝えた。 「彼」に関する私の記憶はないけど、好きだったってことは覚えてる。気持ちも忘れない。 私は、「彼」を好きになれて幸せだった。 だから、いなくなっちゃって悲しいのは別として、泣きたいなんて思わない。 [しおりを挟む] ← |