episode.7


 ***


 重くてあったかい。

 目を覚ました私は、何かに抱き付かれていることに気が付いた。抱きしめられているにしては不格好で、それ以外の表現が見つからない。
 顔の斜め下に、私に抱き付いている人の頭がある。ふわふわの金髪。背中には片方だけの羽。

 悪夢から覚めたときの茫然とした感じと、それが夢でよかったと安堵する感じが、8対2くらいの比率で心を占めている。

 私は「彼」を探した。

「どう、して……」

 かすれたような声は後ろから聞こえた。
 振り向こうとしたけれど、私から離れた天使くんが私の頭を掴むほうが早かった。両手を使って顔を挟まれたら、もちろん、後ろを見ることなんかできない。

「見てはいけません」

 下を向いたままの声には強い意志があって、だけど、どこか不安定というか、頼りないというか、もろい感じがした。

 今の私にはわかる。
 天使くんは守護テンシだから、私の心がぐらつかないように、正しい道を示しているんだって。

 天使くんは知ってるんだ。知ってたんだ。
 「彼」はアクマで、私の心が食べられてしまうといけないから、必死に守ろうとしていたんだ。

 天使くんの行動や言葉の中に、恋なんて感情は存在しない。

 自由な両手で天使くんの頬を包むと、顔を上げさせた。
 やわらかそうな金色の髪の毛に、小さなころから見守ってくれていた綺麗な瞳。白い肌。やっぱりかわいい姿。天使くん、私は今、泣きたい気分だよ。

「なつきさん……?」

 私の顔が動かせないなら、天使くんの顔を近付けさせればいい。そのまま引き寄せて、とても短いキスをした。

 あんなに悲しい思いは、抱えてちゃいけないよ。

「……」

 天使くんの手から力が抜けた。

 「彼」は心を操るアクマだ。ヒトの「初恋」を食べるアクマ。
 禁じられていた恋をして堕ちてしまったテンシ。

 立ち上がって、振り返る。

「ひい、らぎ……」

 「彼」はそこにいた。
 床に膝をついて、赤い目を私に向けている。

「お前……」
「私、覚えてます」

 「彼」の耳は尖り、肌は浅黒くなっていた。体の真ん中に穴が開いて、黒い液体がどろどろと流れ出している。
 私の知っている「彼」ではなかった。だけど、そもそも、私の知っている「彼」なんて頭の中にいなかった。

 でも。
 「私と一緒に過ごした『彼』の記憶」が無くても、私は覚えてる。

「私はあなたが好きでした」

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