episode.?


「あのさ……」

 口を開いた彼女の心は揺れていた。
 いつでも明るい笑顔を浮かべていて、前向きで、ひまわりみたいな女の子が。私に何かを伝えようとして、その笑顔をなくした。

「わたしたちって──付き合っている、のかな」

 私がたとえアクマでも、彼女を守れるのは自分だけだと思っていた。
 それなのに、私が彼女の笑みを奪っている。

 私は彼女を抱きしめた。

「そうやって、ごまかさないでほしいよ。わたしは、わたしは、大門くんのこと……!」

 その言葉は使わないで。何もかも、終わってしまうから。私が閉じ込める。口で封じる。

 アクマにとって、ヒトへ与える口へのキスは、感情を食べるための行為でしかない。
 だから避けてきたのに。口を付けてしまえばきっと、私は彼女を食べてしまう。

 一度閉じさせたはずの彼女の口は、私の願いを無視して、また開いた。

「大門くんのことが好きだよ……!」


 どうしようもなかった。

 神を裏切ったアクマには、神の示すルールなんて関係ないと思っていたのに、どうしてこうなってしまうんだろう。

 私は何度も彼女にキスをして、じわじわと彼女を食べて、抜け殻になっていく彼女を、彼女を抜け殻にしていく自分を、そこで嘆くことしかできなかった。

 恋は罪なんだ。
 恋が罪じゃなかったら、私はこんな思いをするはずがないんだよ。

 アクマにならなければ。
 私が彼女に恋をしなければ。
 愛だけを知るテンシのままでいたならば、終わりまで彼女を守り、そばにいられたはずなのに。

 恋なんてしなければよかった。罪なんて犯さなければ、よかった。

 ねえ、見たこともない神よ。
 私はやっぱり、あなたを憎むよ。


 彼女はずっと、好きだよ、好きなんだよと、言い続けていた。
 私もずっと、好きだよ、永遠に好きだよ、大好きだと言い続けた。

 そうして彼女は、私のことを忘れた。

 彼女はもう二度と、私を見つけない。


 私はとても幸せだった。




 ──ああ、これは。
 これは私の、記憶じゃない。



 つづく

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