episode.6


「出ようか」

 言葉に詰まった私を促して、大門さんは笑った。いつものように優しく笑った。


 よくわからないけど、大門さんは恋を罪だと言った。どこか悲しそうな顔で、多分、過去を見ながら、そう言った。
 大門さんはよく、私が大門さんを忘れてしまうとか、そんな心配をする。そりゃあ、大門さんに初めて会った日のことは忘れちゃってたけど、お隣りさんなんだから、忘れるわけないのに。

 それはきっと、昔の大門さんが負った傷が癒えていないからだ。
 大門さんはきっと、恋をすることに良い思い出がないんだ。

 でも。大門さんが昔の恋で今も傷付いているとしても、私は、恋って罪じゃないと思う。ああ、漱石を否定してるわけじゃないよ。

 恋ってきっと、中高生向けの少女漫画みたいにふわふわしたものじゃないかもしれないけど、だからって、罪であるはずがないんだよ。昼ドラのどろどろも存在するかもしれないし、携帯小説みたいにつらいこともあるかもしれない。王子さまがいないこともわかってる。でも、そこに幸せな何かを見つけられるから、私たちは恋をしてしまうんだよ。罪であるはずがないよ。

 だって、初めての恋は。始まりの恋は、とても幸せなものだったでしょ?

 誰かを好きになることが罪なら、そもそも神さまは、恋なんてものを作らない。

 詰まった言葉の先を見つけた私は、私の手を引くようにして歩く大門さんの背中に声を掛けようとした。だけど、その前に、見慣れた住宅街が辺りに広がっていることに気が付いた。もうすぐアパートに着いてしまう。

 大門さんはお隣りさんだから、会おうと思えばいつでも会えるのかもしれない。それでも、もっと一緒にいたいと思うのは、このまま「お隣りさん」の関係に戻ってしまうのが嫌、だから。

 手を握り返すと、大門さんは立ち止まった。

「なあ、柊。テンシって、いると思う?」

 振り返った大門さんは笑っていた。質問の意味がわからなくて目をしばたくと、大門さんはいきなり、私を抱きしめた。

「テンシって、堕っこちると、アクマになるんだ」
「え……?」
「ダテンシってやつだよ」

 大門さんの声を耳元で聞いてしまうと、私の心臓は、本当に持たない。体から力が抜けてしまう。

 それから大門さんは、私の首を舐めた。

「ひゃっ!? こ、こんなところで何す……」
「柊の部屋に行こう」

 ささやいて離れた大門さんは涼しい顔をしていて、私だけが真っ赤な状態だった。一体何なの!? 大門さんってよくわからない!

 ついでに離された手も名残惜しくて、私って欲張りなのかなと思いながら、アパートの階段を上った。

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