episode.5


 天使くんが私の体に回していた腕を解いた。ふわりと距離が開く。
 そこでやっと、天使くんが立て膝をしていたことがわかった。

 少しだけ寒さを感じた私は、両手を胸の前に持ってくると、あることに気が付いた。爪の先が赤い。
 マニキュアなんて、つけていないから、これって。

 血?

「なつきさん」

 血って誰の、という思考を遮る、天使くんの声。天使くんがお隣りさんになったあの日にも聞いた、有無を言わせない声だ。

 見上げなければ見ることのできない天使くんの顔。私はそこにピントを合わせた。
 金色の髪の毛が羽毛のようにふわふわと。色素の薄い瞳には私が映った。

 どうしてそんな、今にも泣きそうな目をして私を見るの?

「オレにしてください」

 ……え。

「アイツじゃなくて。オレの手を取ってください」

 差し出された右手に戸惑った。天使くんの顔から一旦目を離し、右手を見る。

「オレは」

 ゆっくりと視線を戻したことを、後悔した。

「……ぼくは、なつきさんのそばにいたい」


 天使くん。
 天使くんはかわいいままでいてくれないと、私、踏み外しちゃうよ。

 体中の血管という血管に通う血液がぐんと熱を上げて、その熱がそのまま流れ込む心臓に負担を掛けた。

 天使くんの表情は真剣そのもので、私はどうしたらいいのかわからなくなった。自分がどうしたいのか、わからない。

 そんな顔をされても困るよ。私は天使くんのことを弟みたいに思っている、はずなんだから、だって。

 さっき言われたことと同じなのに、表情が違うだけでこんなに、こんなふうに、見えてしまうなんて。それこそ詐欺だよ、ずるいよ、わからないよ。

 胸の痛みに止めてしまった息。

 ちがう。
 頭の中に響いた警鐘。

「わた、私は……」

 天使くんに対する気持ちはそういうのじゃないはずだよね。だから、ねえ、私。言うことを聞いて。

 天使くんにどきどきしないで。
 スーパーベリーキュートな天使くんに、惹かれているかもしれないなんて、1ミリも思わないで!


「私は、大門さんのことが好き、なんだよ」


 警鐘は、ふつりと、途切れた。

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