episode.3


「じゃあ私って死んだの!? えっでも天使くんは生きてるから天国になんているはずないし、えっどういうこと? 天使くんも死んじゃったの? ねえ!」
「落ち、着い、て」

 天使くんの肩に手を乗せてぐらぐらと首を揺する。

「ここはなつきさんの思ってるよーな場所じゃない、っうう、ちょっと酔ってきた」

 天使くんの顔色が悪くなってきたのに気付いた私は彼の肩からパッと手を離し、ベッドを抜け出すと大きな窓へ駆け寄った。
 ここが天国なら、広がる景色はきっと空のはず。

 外開きの窓を思いっ切り押して、開いた。

「なつきさん?」


 青。
 そこには確かに青が広がっていたけど、それは空なんかじゃなくて、もっと深い。真っ青な山、真っ青な森。揺れもしない草原。

「き、れい……」

 これが天国。
 私の知ってる言葉で表すなんてできなかった。

 すごい。もうとにかく、すごい。
 さっきまで私を支配していた恐怖なんて吹っ飛んだ。

「……すごい、すごいよ天使くん!」

 振り向けば、天使くんは真っ赤な絨毯に片膝をついて笑っているところだった。

「気に入ってもらえたなら、よかったです」

 何度か立ち上がろうとするけれど、天使くんは何故かそれをうまくできない。よく見れば、金色の瞳は前みたいにキラキラしていないというか、何だか疲れているようで。

 そうだ。そういえば、空から落ちていた私はどうして生きているんだろう。あのときは光る羽と星が舞って。声が聞こえた。天使くんの声。
 天使くんが私を助けてくれたんだ。

 天使くんは……。


「……ケガ、したの?」

 彼は取り繕うようにまた笑って、立ち上がろうとした。でも、できない。倒れそうになる。

 私は窓から離れて天使くんを支えた。

「みっともないところをすみません」

 私の肩のあたりに額をくっつけた彼には、決定的なものが欠け落ちていた。
 背中の羽が一つ、無い。


 私は息を飲んだ。
 ジャケットから二つ生えていたはずの羽が、一つになっている。根っこのほうからごっそり、無くなっている。

 ああ、これは多分。

「……なつきさん?」

 私は天使くんを抱きしめた。私より小さくて華奢な体を抱きしめた。今まで頼もしく思えていたその背中に傷を付けたのは私だ。私が天使くんをこんな姿にしてしまったんだ。

 すごく、悲しかった。

「それ。私を助けるときにケガしたんでしょ?」

 天使くんは答えない。答えないということは、それを認めたことと同じだ。
 やっぱり私が傷付けた。

「なつきさん。オレ、なつきさんを守ることができて幸せですよ。だから、泣かないでください」

 そう言って私を見上げた彼は、私の肩に手を添えて、額にキスをした。

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