episode.1


 翌日、大学に行くのは止めた。友達に代返を頼む気力もない。そもそも、時間が時間だ。もうすぐ正午。

 部屋には微かにカレーのにおいが残っている。ぐうと鳴るお腹を押さえながら、浴室へ向かった。壁に取り付けられた温度調節機の電源を入れて、温度を設定する。
 水道の蛇口を捻ると、浴槽へ湯が溜まっていった。それを確認してから浴室を出る。

 私の部屋はもちろんワンルーム。鍵という鍵がきちんと掛かっているのを確認し、カーテンを締め、タオルと部屋着を手に浴室へ戻る。
 湯船に浸かって落ち着こうと思った。

 まずは顔を洗ってから、壁に取り付けた鏡を覗いてみた。白く曇って何も見えない。シャワーでその曇りを流すと、やっと自分の顔を確認することができた。

「うわあ腫れてる……」

 まぶたが膨れて、思ったよりひどいことになっていた。
 あとで治そう。

 もう一度簡単に顔を洗ってからシャンプーする。わしゃわしゃと泡立つ手元に何とか意識を集中させた。

 シャワーを浴び、湯船に浸かるという一連の動作に意思はあまり必要なかった。
 ああ、あったかい……。


 大門さんが隣りに住むことになったって知ったばかりの昨日はわくわくして、どきどきして、バルーンみたいに飛んでいきそうな気持ちだったのにな。
 今は何ともない。
 大門さんのことを考えてもハイになったりしない。これって変だよね?

 やっぱり天使くんの……あれが、原因なのかな。

 あんまり思い出したくないけど、ぼうっとする。
 それに、天使くん、妙なこと言ってたし。私には理解できなかったけど、彼の気持ちが直接流れ込んできたように感じたときはびっくりした。

 責められなかったのは、きっと、そのせい。

 思いっ切り息を吸い込んで、顔を半分湯に沈めると、ぶくぶく吐く。空気の玉は水面に浮かぶと静かに消えてしまった。
 無音の世界だと思い込んでいた浴室の中、小鳥の鳴き声が聞こえて、そういえば今は昼なのだと思い出す。

 おなか、空いた。

 急に気になった空腹に任せて、私は浴室を出た。

- 10 -

*前]|[次#
しおりを挟む



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -