episode.1


 キス。

 天使くんの腕の力は外見にそぐわないほど強くて、私は呼吸もできなくて、長いキスは続いた。
 体の力が抜けるほど、投げやりな気持ちになってしまうほど。でもそれは、それはなぜだか、拒否できなくて。
 余計に涙が出た。

 ようやく離れたと思ったら、額を髪に埋めるようにして、きつくきつく抱きしめられた。
 肩が震えている。天使くんが、音も立てずに、涙も流さずに、泣いている。

「ごめんね。無事でいてほしいんだ。つらいのは本物だって分かっているのに、こうすることしかできないのは、とても、つらい」

 それから、惜しむ様子もなく私を放すと、部屋を出て行ってしまった。金属の戸が閉まるまで、私は彼から目が離せなかった。
 曇った夜空に、あの作り物の羽が揺れて、背中はちっぽけ。

 残ったのは、ぱたんと戸のしまる音と私。天使くんの特製カレー。静寂。

 また、涙が溢れて、どうしようもなかった。一人でいるのが寂しかった。だけど、一人にしてくれて良かったとも思った。

 だって、そんなに嫌じゃなかったから。


 私は洗面台で口を何度もすすぐと、大量のカレーをゴミ箱に捨てて、においが漏れないように蓋までしたあとでベッドに身体を投げて眠った。眠れないと思った。涙が止まらなかった。その理由もわからなかった。

 丸くなって、眠った。


 ***


 祈ったことがある。
 そのとき見ていたドラマの影響か何かで、祈っていたことがある。

 大人になるまでに、素敵な恋人を作って、幸せになりたいとか。
 運命の出会いをしたら、それが絶対に実りますようにとか。
 何にも知らないころの私はきらきらと目を輝かせて祈ったのだ。

 王子さまを信じていた。

 あのころのほうが、私は恋愛に対して興味があったと思う。ませた子供。

 あのころはよく星が降ってきた。祈りも、神さまに届きやすかった。ただひたすらに信じていたから、叶った想いの数は多かった。

 ……あれ?

 空から降ってきたのは、確かに星だっただろうか。きらきらと輝いてはいたけれど。有形ではあったけれど。
 光をまいて手の中に収まったのは、ふわふわ、揺れるような。

 優しい肌触りの。


 私は夢の中でその光に溺れた。もがいてもがいて、夜空に近付こうとしたけれど、ただ流されてゆく。

 流されるようになってからは、願いなんて叶った覚えがない。

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