episode.1 声がしたほうを向くと、ちょうど、キッチンからひょいっと顔を出した天使くんがその場で固まったところだった。 カレーの、いいにおいがしてきた。天使くんのカレー。 ……ん? あれ? ひょっとしなくても、この状況って。 「ああああ天使くん! 大門さん、この子は203号室に住んでる、私の友達の天使くんですっ!」 まずいよねー! 大門さん、ていうか、普通の人なら同棲してるって思うよこれ! 違うんだけど! まったくもって違いますよ大門さん! 目をしばたいて私を見ている大門さん。大家さんはいつの間にか姿を消していた。 「えーと、柊。この間もそいつと一緒にいたよな?」 そうだったあ! もしかしてデートだと勘違いされてる流れ? だよね? それに、あのときの天使くん何か様子が変で、私と大門さんの間に入って引きはがしたりとかしてたし、今でもあれよく分からないんだけど、はたから見たら恋人同士の図です、って感じだったんじゃあ……!? 錯乱し始めた私は、大門さんがくすくす笑っていることに気が付かない。 「柊、落ち着けよ。話ならこれからいくらでもできるだろ? お隣りさんなんだから」 今日はこのへんで、と言って、大門さんは私の視界から消えてしまった。 えっ、もしかして私と天使くんが付き合ってるっていう確証を得て? えっ、そんなまさか。 「……っ」 黙って突っ立つ天使くんを勢いだけで睨み付ける。 「天使くん! どうして何にも言わないの!?」 大門さんに弁解しても、聞いてもらえるか、分からないよ。 泣きたくなってきた。 「なつきさん」 ていうか、泣いてるんじゃないかな、私。鼻の奥が痛いし、天使くんの姿はぼやけてよく見えない。 ぼろぼろと頬を伝っているのは、まぎれもなく、私の涙だ。止まらない。 「なつきさんの好みは、彼ですか?」 こんなときにそんなことを聞いてくる空気の読めない天使くんに、恨み言を叩き付けようと思ったけれど、しゃくり上げてしまうから、気持ちは言葉にならなかった。 それでも、輪郭を持たない天使くんは一人でうなずいて、一歩私に近付くと。 「オレ、明日は留守にしますから……すみません」 いきなり左腕を引っ張られて、体勢を崩した。座るようにして床に倒れると、抱きすくめられる。 そして、そのまま。 「……っ!?」 びっくりするほど、そんな感触はなかったけれど。 [しおりを挟む] ← |