地面は黒色。コンクリートで固められた、ざらざらとした道路だ。両脇に引かれた白線だけがなめらかに伸びている。 まだ高い位置にある太陽がそれらを照らしていた。 葉山楓はうーんと唸り、言葉を返した。 「そういうのだったら、父さんかなあ。小さいころから『男は強さだよ!』なんて言われて色々仕込まれた気もするし。今でも技掛けられたりするから、それとか」 ……父、親。 そうか。それは当たり前のことだ。葉山楓には父親がいる。 それは高い確率で当たり前のことだ。 「でも、その強さのことなら持ってても意味ないって。高校生がそんなに強くなんかなくても」 「君はそれでいいよ」 わたしとこの不審者の能力値の差異に「父親」というものが関わっているとして。その存在の有無が強さを左右するのなら。 わたしは。 「ことり?」 歩く速度を上げてわたしの半歩前に現れた某不審者を無表情に見つめた途端、わたしは彼に何らかの感情を抱いた。言っておくが、その感情とやらは羨望でなければ嫉妬でもない。 目の前の対象を、ただ、蹴飛ばしてしまおうと思った。 「どうしたんだよ?」 しかし、わたしは堪えた。 どう言い表せばぴったりなのか、不鮮明な感情を胃袋に落としたまま。以前のわたしなら無意識にでも繰り出していた蹴りを。 堪えて、何故だろうと自身に訊いた。 決して、葉山楓のためとか良心のためとかいうのではない。 自己防衛。 「ことりってば?」 その単語が浮かんだ瞬間に、わたしはわたしに失望した。心まで弱くなってしまって、まったく救えないではないか。 「今まで、ごめん。痛かった、よね」 「え?」 「これからは、君のこと、蹴ったりしないから」 「うん?」 「だから、」 「えっとー、ごめん。ちょっと、何言ってるかよく聞こえな……」 「さよなら」 駆け出した。 違う。本当はわかっている。これは葉山楓の元から「駆け出した」のではなく、「逃げ出した」のだ、ということくらい。 整理しなければ。頭の中が混乱してきたので、冷静にならなければ、活路は開けない。 いや、そうなのか? そのために距離を置こうとしているのか? こういうときくらい空気を読めばいいのに、後ろから自転車のカラカラ音が聞こえてきた。 「ことり! どうしたんだよ、ことり!」 わたしは現実から逃げている。 「ことり!」 自転車に回り込まれ、立ち止まった。 [しおりを挟む] ← |