小枝の手前、奪い取るのは無理なので、大人しく頼むことにした。

「それ、見せてほしい」
「この紙? いいぜ!」

 葉山楓はあっさりと身体測定の用紙を渡してくれた。
 巻物のように丸めてあったので、まどろっこしいと思いながら、開いていく。身長、体重共に予想通りで、視力もわたしと同じ程度。これといって目立つ項目もなかったが、その用紙の右上のほうに小さな落書きがあって、顔をしかめた。

 小枝と咲乃が横から覗き込んでくる。

「楓くん、目が良いねー。2.0なんてなかなかお目にかかれないよ」
「こいつ、相変わらずねえ」
「端っこに落書きがしてあるよ?」
「これも相変わらずだわ。テストがあるたびに余白に落書きしてるのよね」
「なあに、これ?」
「何だっけ?」

 ……小さな落書き。眉毛が逆八の字に吊り上がった、ニコちゃんマーク。
 誰かの視線を感じるが、スルーさせていただこう。

「それ、あれだろ。『思い出のマーク』」

 癖毛くんの首根っこを掴みながら、前髪くんが言った。

「お……、思い出の、マーク? かえで、の?」

 その隣り、癖毛くんから解放されたばかりの小人くんが、少し青い顔をして尋ねる。

「そう! そうなんだよ、本当は事細かに説明したいとこだけど、へへっ。これ、ミョーチキリンだろ。でもさ、元気出る感じもしてさー」

 わたしは身体測定の用紙を葉山楓に返した。そのときもやはり、何らかの感情を込めた目で見られたものの、彼は一体わたしに何を期待しているのだろう。そのマークに見覚えはないと言っただろう。
 誰との思い出かは知らないが、わたしとその相手を間違えることが良いものだとは思わない。

 それに、こんな鬱陶しい人間、一度でも会ったなら覚えていないはずがないのだ。

「違うよ」

 わたしは、君なんて知らない。

「ことり?」

 葉山楓はきょとんとして、話が読めないという顔をした。

「沙夕里、こっち、きて」

 わたしたちのやり取りをよそに、前髪くんに首根っこを掴まれたままの癖毛くんが沙夕里に手招きをする。若干、調子が悪そうに見えるのだが気のせいだろうか。

「邑弥、しっかりして。どうしたの?」
「なんか、力が、出ない……」
「熱かしら?」
「沙夕里、甘やかすのは良くないわよ」
「咲乃ちゃん」
「なんか、だるい」

 本当につらそうな癖毛くんを見た前髪くんの手から力が抜ける。そこから逃れた癖毛くんはすかさず沙夕里に抱き付いた。

「ちょっと、渡辺! ちゃんと掴んでなさいよ!」
「まあ、まあ。落ち着いて、咲乃。不細工だよー?」
「悪かったわねえっ!」

 咲乃の怒りの対象が前髪くんから小枝へさっと切り替わると、沙夕里はすぐに癖毛くんの異変に気が付いた。

「もしかして、邑弥、本当に熱があるんじゃない?」
「そんなことない。沙夕里がいるんだから、おれ、今すごくヘロヘロ……」
「支離滅裂。えっと、保健室行こう」

 沙夕里はいつものように癖毛くんを引きずり、体育館から出ていった。みんながそれを見送っている間に、わたしは葉山楓へ今日の要件を伝えた。

「あとで話があるから、授業が終わったら教室に残っていて」

 聞いているのかいないのか、葉山楓はまたきょとんとして、浅くうなずいた。

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