びゅんっと廊下を駆けていった葉山楓とすれ違いにこちらへやってきた人物に気が付かないふりをして、わたしは教室へ引き返そうとした。
 が、タイミングは絶妙なものである。

 戻ろうとした教室から三人娘がぞろぞろと出てきてしまったのだ。

「あれっ、楓くんは?」
「やっぱあれって楓だったんだ」

 無邪気に尋ねた小枝に食い付いたのは、今さっきまで通行人で済まそうとしていた人物。

「幸輔。こんなとこで何してんの?」

 咲乃の思い人であるイケメンくんだ。

「パトロールみたいな?」
「嘘。その手の財布は何よ。フルーツ・オレでも買いにいくつもりでしょ?」
「あれ、バレた」
「飽きないわねえ」
「家で飲めなかったからさあ。みんなもどう?」

 軽い調子で会話をするイケメンくんの相手はほとんど咲乃がしてくれた。
 小枝は話を振られても笑うばかりだし、沙夕里も同じようなもので、わたしに至っては頷くか頷かないかくらいしかしていないのに、よくネタが尽きないものである。

「あ。小枝ちゃん、今日、髪型少し違うね。いいね」
「えへへ、ありがとう」
「沙夕里ちゃんはちょっと痩せたんじゃない?」
「あはは……三神くんは身長が伸びたかな」
「まじで? そう見える?」

 誰彼構わず誉めちぎっているイケメンくんは、心無しか輝いて見えた。

「咲乃はでかくなった、と」
「あたしだけぞんざい!」
「まあ、気にすんなって」
「もう!」
「椎野さんは今日もかわいいね。そのヘアピン、いつも付けてるけどいい感じだし。お気に入りなの?」

 イケメンくんのご指摘したとおり、わたしはいつも赤色のヘアピンを計四本、髪に付けている。このヘアピンはお母さんにもらった誕生日プレゼントだ。
 ヘアピンは消耗品である。毎日大切に使うことで感謝の気持ちを表しているつもりだし、もちろん大事な物だ。

 頷いた。

「そっか。うん、すごく椎野さんらしいよ」

 知り合いでもない相手に「らしい」と言われてもぴんとこないのだが、まあ、そこは聞き流すことにする。
 終始むすっとしていた咲乃は、一言二言話してからイケメンくんが立ち去った後も、しばらくそんな顔をしていた。

「咲乃ちゃん」
「何」
「咲乃ちゃんは三神くんがどんな性格の人かわかっているでしょう?」
「そうだよ、そんな不細工な顔してる場合じゃないよ」
「小枝は黙んなさい」
「ううん、小枝ちゃんの言うとおり。もっとにこにこしなくちゃ」
「む、むう……」

 沙夕里にぴしっと言われてしまった咲乃は、へなへなと笑顔の練習を始めた。

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