先ほどの小枝を思い出して、彼を現実に帰してやるとしよう。

「グッドモーニング」

 ごく一般的な朝の挨拶である。
 カタカナ英語だけど。

「お、はよう、ことり。今朝はえっと……ど、したの?」

 目をぱちくりしながら返事をしたので、どうやら体のほうはそう大したダメージではなかったらしい。ちょっとした気掛かりは解消された。
 廊下にあまり人がいなかったのも有り難い。

「男子生徒は生物室で着替え」
「えっ、そうなんだ!? 初めて知った!」
「教室には女子生徒がいる」
「へえー、じゃあオレ、危なかったな! ギリギリセーフ!」

 既にアウトである。

「ことりは正義感が強いんだなあ」

 へらへらした笑顔で崩れた制服をちょいちょい直しながら、葉山楓は立ち上がった。埃を払うような仕草の後、肩から掛けていたらしいエナメルバッグを持ち直すと、ちょっと真剣な顔をした。

「でもさ、言っただろ? 何でもかんでも蹴るのは良くない、って。オレは丈夫なほうだからピンピンしてるけど、他のやつなんか絶対ケガするぜ? ことりが加減したってさ、もし、どっかに頭打ち付けたりしたらどうするんだよ。この間のやつらだってそう。プチッてきたのはわかるけど、オレは暴力なんて勧めない。スポーツは別にして危ないじゃん。ことりだってそんなのわかるだろ? それで親が学校に呼び出されたりしてさ、そういうのは」

 ……エンドレス説教である。雰囲気で、これが説教だとわかる。
 これなら先に黙らせておけばよかった。

「ことり、オレの話、聞いてる?」

 掴まれた肩が痛かったので眉を潜めた。

「本当はあのとき言いたいことたくさんあったんだぜ? 情けないけど気絶したから、今こうやって言ってるんだよ。相槌なんか打たなくてもいいけど聞くだけ聞いて……」

 睨むようにして真っ正面から顔を見てやると、数秒後、何故か顔をそらされた。よく見れば耳が赤い。まさか、顔を真っ赤にするまで怒りがこみ上げているということだろうか。
 言いたいこともよくわからない。もう少し簡潔にしてくれないだろうか。言葉数が多すぎて内容が頭に入ってこない。

「えええっと、ま、まあ、そういうことだから。じゃあオレ生物室行ってくる!」

 ぱっと手を離し、葉山楓は廊下をばたばたと走り去っていった。

 わたしは悪いことをしようとした葉山楓を成敗したはずなのに、どうしてその当人に小言を垂れられたのかさっぱりだった。

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