慣れない戸惑いを片手に、わたしは教室の引き戸をスライドさせた。
 途端に、何かががばっと飛び付いてきたものだからよろめく。まさか片桐護か、いやしかし異様な感じもしない……と、そこまで考えているときに、お団子ヘアを見つけて納得した。いつもは頭のてっぺんに一つだけだが、今日は両サイドに一つずつ。これだけでもう誰だかお分かりだろう。

 驚いた。

「ことり、金曜日はごめんね、わたしがぼーっとしてたから」

 抱き付いてきたのは小枝だった。

「わたしのせいで楓くんを蹴らせちゃって、本当にごめんね」
「……小枝」
「あと、それと、あのときは助けようとしてくれてありがとう」
「……うん。わたしも、怖がらせた」
「怖いなんてそんなことないよ、すごく迫力があって格好よかった!」

 必死になっている小枝を体から引き剥がし、わたしは教室を見回す。

 窓のカーテンは締め切られ、体操着の女子生徒がぱらぱらといるばかりで、男子生徒は一人もいなかった。
 よく見ると、ブレザーを着ているのは小枝だけで、黒板には「着替えをしてから体育館」という白い文字がでかでかと書かれていた。

「どうしたの、ことり」

 無意識の上目遣いは彼女の所有する最強の武器の一つだ。

「男の子がいないなと思って」
「ああ、男の子たちは別の部屋で着替えしてるんだよ。扉の貼り紙、見なかった?」
「うん」
「今日は朝から身体測定なんだよ」

 言われてみれば、一昨日会った咲乃にもそんなことを言われて、その日のうちにスクールバッグへ体操着を詰め込んだ気がする。

「金曜日にも、着替えをする部屋が違うから注意って先生が連絡していたんだけど……そっか、貼り紙に気が付かないで入ってきちゃう子もいるよね」

 貼り紙が視界に入らなかったのは完全にわたしのミスではあるが、そこでふむふむと納得している場合でもないと思いますよ、小枝さん。由々しき事態である。
 誰かが着替えているときに男子生徒が入ってきたらどうするんだ。

「とりあえず、早く着替えちゃおっか?」

 ぱぱっと自分の席まで戻った小枝は体操着を抱えてすぐに帰ってきた。にこにこ笑っている。これを人は無防備とか無用心とか呼ぶのだ。

 とにかくわたしの席まで移動する。

「あー、もう、身体測定って最悪よね」
「咲乃ちゃん、成長期?」
「計り知れないわよ。あたし、どこまで伸びるわけ?」

 そんな会話が聞こえて、また、扉は開かれた。

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