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 再度確認しておくが、わたしに父親はいない。だから、父親代わりというのがどういうものなのかわからないし、誰かをそのように思ったこともない。
 わたしはお母さんが大切で、本当は、お母さんさえいれば他には何もいらないと思っているほどなのだ。
 隠すようにして見せる憂いの表情を無くすのがわたしの義務だ。そのためにわたしは強さを求めた。

 ……。
 いらいら、する。

 師匠に口を滑らせてから二日後、わたしは最悪の寝覚めを迎えていた。ハンガーに吊るされたブレザーを見て、不快な気分になったのだ。誰も学校へ行きたくないと言っているわけではない。葉山楓の容態が多少は気に掛かり、小枝のこともそれなりに心配ではあるが、何よりもむかつくのは自分の弱さだ。技能の不足だ。

 葉山楓にできてわたしにできないことは無くさなければならない。「瞬間」を捕らえ、支配し、天才とやらを越える必要がある。
 これまで努力し、強くなったつもりではいたが、上がいるのが現実。それを目の当たりにしたならば、そのまた上を目指すのが好ましい。
 いや、絶対。

 非凡な相手であれば倒せなくてもいいという決まりはないのだから。

「ことり、もう七時半だよ?」

 お母さんが部屋の扉を開いた。

「おはよう」
「おはよう、って。まったく、ことりはマイペースなんだから……」

 困ったように笑う。わたしはもっと強くなって、もっとたくさん、お母さんに笑ってほしい。

 そのために何をするべきか?

「ご飯、もうできてるからね」
「うん。今、起きるよ」

 そんなことは端から決まっている。

 居もしない父親を憎むなかれ。今まで意識すらしていなかった父親を引っ張り出してどうする。それは恐らく、わたしを弱くするだけだ。
 お母さんを守りたいという気持ちを外に向ければ自分は強くならない。得るものはおよそ皆無だ。

「……お母さん」
「なあに?」
「今日、帰りが遅くなるかもしれない」
「どうして?」

 認めたくはないが、大変気に食わないが、わたしはここでこの意固地なプライドから少し距離を置かなければならないと判断した。

「ちょっと、クラスメートと話したいことがあるから」

 お母さんの表情がきょとんとしたものに変わる。
 わたしはブレザーの掛かったハンガーを力強く握った。

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