かけられた声を無視し、わたしはぐるんと前を向いた。

「え、ちょ……」

 うしろから何か聞こえるような気がするが聞こえないふりだ。スルー。完全無視。
 どうして、わたしがあの公園で蹴り飛ばした不審者がこの学校にいる?

 ……ここで、今のわたしの心境を理解していただきたいのでたとえを用いてみなさんに説明します。

 あなたは、今日乗った電車で災難にも痴漢に遭ってしまいました。その痴漢した人は殴るなり蹴るなりしてしばき倒しておきますよね。ついでに説教もバシッと突き付けておきます。
 そして翌日、あなたは電車に乗りました。そこで、昨日しばいた痴漢を見つけてしまいます。ちなみに目も合ってしまいました。

 ……こんな気分。

「オレのこと覚えてるんだよなー?!」

 さあ、校長の話に耳を傾けよう。貴方のとっても素敵な子守歌をこれから三年間も承ることができると思うと、ああ、何て言うんでしょう、言葉に表せないこの気持ち。それが込み上げてくるのです。

 ……さっさと終われ、入学式。入学式さえ終わってくれれば、わたしは家に帰ることができる。

 配列から考えて、あの不審者はわたしと同じクラスだ。入学式が終われば一旦自分のクラスに帰らなければならないが、そこでつかまらなければいいだけのこと。さっさと教室を出て速足で帰宅し、明日からどうするかを考えることにしよう。

 最悪のケース、初対面のふりをすればいい。演技は得意じゃないけれど……あいつくらいなら相手にできそうな気がする。
 人を見た目で判断する気はないが、爆睡していて蹴られたことさえ覚えていないようなやつだ。まあ、その時に見たわたしの顔は覚えていたみたいだけど。

『……私からは以上です』

 マイクを通して、校長がそう言った。ナイスだ羽毛田! これであと少し!

 心の内でガッツポーズをとったわたしは、ちらちらと時計を見ては入学式の終了を待ち続けた。

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