「楓くん!」



 ──「瞬間」、という、言葉がある。
 瞬く間、という意味だ。瞬きをする間のように、非常に短い時間のことを指している。

 しかしそれは、「世界」から見た時間の基準なのであって、「わたし」から見た時間の基準などでは、ない。

 だから、わたしは、「瞬間」というものを、支配できると思っている。

 ただ、わたしに技能が足りないだけで。



 葉山楓が、吹っ飛んだ。

 小枝が叫んだ目の前に転がって、両手で腹を押さえている。中の骨が一、二本折れているかもしれない。
 だって、わたしは、そうなってもいいと思って蹴りを放とうとしたのだから。

 男子生徒に足蹴が届く前に、葉山楓はわたしの正面へ回り込み、完全に力が放てる状態になる前に、わたしの蹴りを食らった。
 確認できたのだ。その瞬間の中身は、きちんと確認できたのだ。

 小枝が葉山楓に近付き、声を掛けている。

 ただ、呆然としているわたしは、そこから動けなかった。びっくりしてそこから走り去った男子生徒二人も、取り逃がした。

 いったい、なにをしてるんだ、このひと。

「ことり、さー……」

 上半身だけだが、彼は、起き上がった。

「何でもかんでも、蹴るってのは……、止めたほうがいいと思うぜ……?」

 あらゆる衝撃がないまぜになって、表情すら変えられない。

 わからない。

 小枝が何か言っているけれど、わたしは答えることができなかった。葉山楓はそれきり何も言わない。
 外は夕焼け色だ。もうすぐ、夜が来る。

「まあ、適当に落ち着けよなー、キミたち」

 ぽん、と肩を叩かれた。

 片桐、護。
 出会ったそのときから冷たくあしらってきたが、今は、感謝したい。今は、不意に現れてくれたことに、救われる。

 葉山楓が大変だ。
 わたしのせいで大変だ。

「そんなことは分かってるって。でも、安心しろ。骨だって折れてないし、むしろ重症なのは、シイちゃんのほうだから」

 それから、三人掛かりで葉山楓を保健室に運んだ。彼はベッドに寝かされた。

 片桐護は小枝を帰した。ちょっと一人にさせておこうと、小枝を帰らせた。

 出された紅茶を、特に意識することもなく飲み干したわたしは、そのあとすぐに意識を失った。




 SIT:04 終

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