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 本館棟の一階、端の端。そこにあるのは調理室。調理室の、はずなのだが。
 何の騒ぎが起きているのか、廊下と部屋とを仕切るスライドドアの間からは煙が漏れている。そのスライドドアに開けられた窓にはガラスがはまっているのだけれど、煙が充満して、向こう側は未知の世界となっていた。

 科学室か? わたしはここを調理室だと思って来たのだが。
 そうでないなら、ただの火事でしかないだろう。これ。

「なしろ! あんた、何したのよ!」
「ふええ、卵とスポンジ間違えたああ」
「それどんなミス!? しかも、こんなになるまでやるらないわよ普通っ!」

 声が聞こえる……。

「宮部(みやべ)! 宮部どこ!」
「宮部くん、助けてえっ」

 怒声と泣き声。
 帰りたくなってきた。
 扉の前で立ち尽くすわたしは、何をしようか考え込んでいた。見て見ぬふりもできないが、どうすれば良いものか。
 常識的に考えれば、大人を呼ぶか、消火器片手に突っ込むべきである。

 と、誰かが後ろから走ってくるのが分かった。

 振り向けば、その人はスポーツバッグを廊下に放り出して全力疾走していた。二年の男子生徒。

「お、っと、入部希望者? 待ってね、すぐ片付くからさ!」

 わたしを見て早口にそれだけ言うと、素早くドアをスライドさせ、煙があまり漏れないうちにそれを閉めて、本当に煙に消えた。

「何なんだよ、これ!? 部長、どこ!?」
「う、こ、ここにいるよ、宮部くん」
「まったく、世話が焼けるなーっ、もう!」



 あれから十分ほどが経った。

 授業が終わり、掃除も済んだので、昨日阻止された部活動見学とやらに参加してみたらこうである。
 予想を裏切らないそのぐだぐだっぷりが、わたしは嫌いではなかった。

 廊下に貼られた部員募集ポスター。虐げられるようにして、忘れられたようにして、隅にぽつりと存在していたボロボロの紙切れ。
 それは、ここ、調理室を主な活動場所とする『家庭部』のものだった。

 どんな活動をしているのかがいまいち汲み取れない『家庭部』というよりものより、はっきり『調理部』と命名したほうが良かったように思うが、それはまあ恐らく初代の意向だ。今さらどうにかなるものではない。

 とか思考している間も、調理室の中では数人の生徒の話し声が聞こえていた。

 煙はもう、ない。
 そろそろだろう。

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