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 新しく通うことになった高校の制服に身を包み、わたしはスカートをひらひらとゆらしてみた。うん、これなら動きやすい。
 前に通っていた中学校の制服は、スカートが膝まで長くないと怒られていた。長ったるいスカートは足が回しにくいわ走りにくいわで何かと不便だったことを覚えている。

 それに比べて、膝上までしかないスカートは動きやすいことこの上ない。ちなみにスパッツをはいているのでそのへんも安心だ。
 腕が動かしにくいのは仕方がないから我慢することにした。

 最後に全身ミラーで身なりをチェックし、自分の部屋をあとにする。

「おはよう、お母さん」

 エプロン姿のお母さんにあいさつをすると、彼女は穏やかに微笑みながらあいさつを返してくれた。

「ことりも高校生になったんだねえ。長かったような短かったような……ああ、感動する」

 くすくすと笑いながら、彼女はわたしを見つめた。わたしの通う高校の制服は冬にブレザーで夏はシャツになっている。間服にはベスト。中学校の頃はセーラー服しか着たことがなかったから変な感じだ。
 しかし、中学校と高校の制服の一部である校章だけが酷似していた。

 なぜ校章だけが類似しているのかというと、中学校と高等学校が隣接していて学校の名前も一緒だから。星上中学校か星上高等学校か、そういう違いしかないからだ。
 ……と、わたしは勝手に解釈しているのだけれど。

 いすに腰掛けて朝ご飯を食べ始めたが、お母さんはまだわたしのことを見つめていた。

「……どうしたの? さっきから」

 わたしが尋ねると、彼女はいつも通りににっこりと微笑んだ。しかし、その微笑みにはどことなく含みを感じる。
 じっとりした視線を送ってやると、彼女はにやにやし始めた。いくら母親とはいえ、不気味すぎる。

「ふふふ、ことりの彼氏はどんな人になるのかなって考えてたの」

「かれし?」

 ……いきなり何を言い出すんだ、この人は。

「わたし、そんなの欲しくないよ」

 一応、自分の意思表示をしてみた。すると、彼女は穏やかな表情のまま続ける。

「今はそうでも、きっと将来は好きな人ができるよ」

 この発言にも、心なしか含みを感じる。そうかなあという顔をしながらご飯を食べ終えると、わたしは茶碗を片付け始めた。

 わたしの家で食卓につくのは、常に二人。わたしとお母さんだけ。顔も知らない父親は、わたしが生まれる前に姿を消したのだとお母さんに聞いている。
 強がりではないが、別に淋しくも何ともない。父親のいないわたしを気遣ってそういう話をしない子とかがいるけれど、最初から知らない人物に悲しみを覚えたりはしないだろう。それに、わたしはお母さんがいるだけで幸せだ。

「じゃ、そろそろ行ってきます」

 ひょいとかばんを引っさげて言うと、お母さんは笑顔で送り出してくれた。

「車には気をつけてね」

 玄関で心配そうな顔をした彼女に苦笑いを見せて、ひらひらと手を振った。大丈夫だよ、という気持ちを込めて。
 入学式から車にひかれるなんてへま、わたしがするわけない。それに、たとえ猛スピードで車が突っ込んできたとしても、急所だけは避けられる自信があった。

 玄関から出ると、温かな春の日差しがわたしを出迎えてくれた。気持ちのいい日だ。わたしの入学式を春が祝ってくれてるのかも、なんて一人で笑った。

 ──と、そのとき。

「どいてどいてー!」

 シャアァァアッ……!
 自転車が猛スピードで坂を下りてくるのが見えた。相手はわたしをひいてしまうとでも思っているのか、かなり慌てている様子。
 確かに、下り坂であるがために自転車のスピードはとてつもなく速い。ここで慌てふためくような性格の人ならば避けられないのだろうが、あいにくわたしはそういう人間ではないのだ。
 それに、この場合ならば一歩動くだけで解決もする。

 ひょいっ。

「本当にどいたああっ!」

 シャアァァアッ……!
 まばたきを一度しただけでかなりの距離を進んでいた自転車から、悲鳴にも似た叫びが聞こえてきた。

 何?
 どいてと言ったのはあっちなのに、と腑に落ちない顔をしながら、その自転車を見送った。

 ……さて、行きますか。

 穏やかに吹いた風の中、わたしは軽やかに歩き出した。

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