+ + + 午前の授業が終われば、午後の二時間など、あっという間に過ぎてしまうものだ。掃除を済ませれば、クラスメートたちは皆それぞれの荷物を背負って教室を出て行く。 そういえば、あの小人くんは確かに一時間後、帰ってきた。おどおどとした様子で、教室から姿を消したときの『アキラ』とやらの存在は微塵も感じさせなかった。 しかし、不良くんのほうは帰ってきていなかったような気がする。 荷物を詰めたスクールバッグを肩に掛けた。高校入学祝いだと言って、お母さんがくれた少し高価な品である。 「ことりーっ」 遠方から、声。 随分聞き慣れてしまったものだなと思いながら、わたしはさっさと教室から出ていくことにした。最短距離の点を線で結んだ上を早足で歩く。 今日のわたしには大義名分というものがある。これから行かなければならない所があるのだ。奴に構ってなどいられない。 「おーい! 聞こえてないのかなあ?」 ぱたぱたと、上履きが床を叩く音がする。例の不審者が小走りにわたしを追い掛けているのだろう。人の間を縫って歩いた。 すると、その人の間から何者かがひょこっと出てきたではないか。予期していなかったため、ぽふんとぶつかる。ブレザーにスカート。「わわっ」、相手がよろめいた。ふんわりと髪の毛が揺れる。 女子生徒の腕を掴んで支えてやった。 「ごめん」 その少女は目をぱちくりしてから小首を傾げた。不思議そうな顔付きでわたしを見ている。 「どーして椎野さんが謝るの?」 「それは──」 言葉を切って、わたしはまた、彼女の腕を強く引いた。廊下でど突き合っていた男子生徒が、ぐらりとこちらに傾いてきたからだ。ほわわんとした雰囲気の少女が、視界からガクンと消え去る。 名前も知らない男子生徒との衝突は避けられたものの、わたしが突然そんなことをしたせいで、少女は足をひねって床にへたり込んだらしい。 「え、う、なに?」 彼女は目をぱちくりした後、顔を歪めて足首を押さえたのだから大方正解である。わたしもしゃがみ、彼女の様子を伺った。 「あ、わりっ」 そこに降ってきた謝罪の言葉によってか、胃に変な感覚が走った。いたた、とつぶやく女子生徒から目を離して声の主を睨む。彼は驚いた顔をして、その場からそそくさと走り去ってしまった。 薄情どころか外道だ、彼女が足をひねったのはわたしの行動に原因があったのだろうが、気に食わない。 [しおりを挟む] ← |