たはーと溜め息をついて顔をそらされた。コンクリートに座り込む彼の上履きは辺りに放られている。 「一年、お前か……」 この星上高校で学年を判断できるものと言えば、制服の胸ポケットに留めてある校章の色だけだ。一年生は緑、二年生は赤で、三年生は確か青だったはず。 わたしに対する興味を無くしたような彼の正面に回り、しゃがんで胸ポケットの校章を確認しようと思ったのだが、それはそこになかった。眉を寄せる。 「んなもん付けてねえよ。恐いもの知らずめ」 「何年、生」 「同じ一年だよ。分かったらどっか行ってくれ」 「了解」 気が済んだので、わたしは屋上を楽しむべく、高いフェンスに手を掛けた。それなりに広いグラウンドが見下ろせる。 不良くんはいたものの、そう遠慮する必要もないようだ。彼は先ほどから動かない上に、黙っている。何故こんな場所にいるのかなど、知らなくてもいい。ただ、静かな此所に満足していた。 風も気持ちいい。別天地だ。 しばらく下界を眺めていると、背後でガサガサ音がした。振り向く。 「椎野」 びゅん、と高速で投げられたものを左手で受け取ると、それは飴玉の入った小袋だった。どうやら不良くんはこれをくれるらしい。 「ありが……」 礼を言い掛けて、疑念が降りてきた。 「君、名前」 「あ?」 「わたしの名前」 「ああ……間違えたか?」 「合ってるけど」 向こうは変な顔をしているが、恐らく、こちらも変な顔をしているに違いないだろう。 「どうして知ってるの」 その一言で、さらに変な顔をされた。 「俺、クラスメート」 ……。なるほど。 飴の入った袋を胸ポケットにしまった。 また彼に背を向けて、フェンス越しに町並みを見下ろす。田んぼと住宅街の境目がはっきり分かった。 何か、罪悪感というか、申し訳なさが腹の中でぐるぐるしている。これはたぶん名前を聞いておいたほうがいいだろう。 「君の名前は」 「築島(つきしま)」 「どうも」 「……」 また、ぼうっとする。 教室のあの騒ぎは収まっただろうか。築島という名前の不良くんも、あれを逃れて此所に来たのだったら気持ちが分からなくもないが、彼からは元から居座っていますオーラ、が感じられる。 そこにいることに違和感がないのだ。 「シイちゃーん、もうすぐ予鈴が鳴るぞー!」 ──突然、誰かに後ろから抱き付かれた。 「!? なっ、だ……!」 「おわ!?」 わたしと不良くんの声が重なった。それは、二人とも気が付かなかったという証拠である。 黒髪、わたしの呼び方、それにこの気配の無さ。 「片桐、護!」 渾身の力で振り払った。 「うお、相変わらず冷たいなあ。あたしはめげないけどね」 背中はフェンスにぴったりくっついているため、距離を取ることもできない。相手を睨むと、へらへら笑われた。随分と余裕があるらしい。 わたしに害を及ぼす相手ではないのだが、胃がむかむかするのは何故だろう。 「それより、早く教室戻れって。あと5分だぞ?」 わたしを見、不良くんを見、白衣の袖をぐいと上げて腕時計を指差す。不良くんは腑に落ちないといった表情のまま立ち上がり、制服のズボンを両手で払うと上履きを履いて校内へ戻っていった。 [しおりを挟む] ← |