「……」

 足を止める。

「……君は、ここで誰かを待っていることを、他の人に教えたりした?」

 振り返って尋ねると、彼は目をしばたいてから、ふるふると首を横に振った。

「解散してから待ってたんだけど、みんな気にしてないみたいだったなあ。見てる人はいたけど」

「……そう」

「何か、あったの?」

 しまったと思ったのも束の間、葉山楓は素早くわたしの前に走ってきて、もう一度尋ねてきた。

「オレ、また、迷惑とか」

「まったくもって」

 言葉を遮り、今度はわたしが首を振る。迷惑なら毎日のように掛けられているが、わざわざ教えるにも今は少し可哀相だったため、止めた。

 それよりも、本当に何者なのだろう。片桐護は。

 思惟していると、葉山楓がわたしの顔を覗き込んできた。

「あのさっ」

 目を合わせてやる。

「オレのこと、本当に、覚えてない?」

 ……彼にとって、忘れてやっていたほうが良い記憶が蘇る。確か、受験前に、あの公園で。

「逆八の字、ニコちゃんマーク!」

「はい?」

 バッと視界に入ってきたのは、眉毛が逆八の字に吊り上がったニコちゃんマーク。そもそも、笑っているように見えないから、そう呼んでも良いのか曖昧なところだったのだけれども、それの描かれた手の甲は少しゴツゴツしていた。

 わたしたち二人しかいなくて、ただでさえ静かな玄関が、シーンというオノマトペを提供する。

「……やっぱ、覚えてないのかあ」

 いや。
 君のことは不審者として覚えているが、そのニコちゃんマークは知らないぞ。

「何の話かよく分からないけど、それ、人違い」

 相当へこんでいらっしゃったのを知りつつ、教えておいた。返事もせずに立ち尽くす少年を置いて、わたしは玄関を出た。

 夕闇が迫る。

 パタパタと音がして、例の少年がわたしの隣りに並んだ。不愉快だったため、彼のいるほうとは逆に横に一歩動いて距離を取る。

「オレさ、絶対、運命だと思うんだよ」

 何が。
 問おうと思ったが、長くなりそうな上、正直興味もなかったので一言だけ残して帰ることにした。

「そんなヘンテコなニコちゃんマーク、油性マジックで描いたら簡単には消えないね」

 今度こそ、本当に彼を放置して学校をあとにする。



「……消えなくたっていいんだ、消したくないから」

 ふわりと香ったどこかの家の煮物のにおいに、懐かしさを覚えて。

 今晩は焼きイワシにしようと決めた。




 SIT:02 終

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