その熱意に免じて、わたしは嘘をつくことにした。

「正直に?」

 頷いた少年を確認。
 自ら傷付けてほしいと言うなんて、マゾヒストなのかと疑うぞ。

「……許さない」

 低く唸った。

 まったく、あんな不審者でも、助けようと思ったのに。返事が謝罪ばかりではちっとも救われない。

 わたしの欲しい言葉を吐かせることで、許されたと思わせてやろう。

 そして、早く帰らせてもらう。

「許されたいなら、君はわたしに言うことがある」

 彼の脇を通り抜け、わたしは自分の下駄箱へ向かった。靴を取り出し、床に放った。代わりに上履きをしまう。女子高生といえばローファーでも履くのだろうが、わたしは運動靴が好きだった。真新しい靴と汚れのない靴紐を揺らし、それを履く。爪先で床を蹴り、逸らし続けていた視線を少年に投げる。

 彼は先ほどの場所から動かず、困ったような顔で体をこちらに向けていた。

「おれい」

 言い放つ。

「……おれい?」

 まるで分かっていないという感じ、ああ、訂正しよう。まるでも何もなく分かっていない表情でおうむ返しされ、こくりと一回うなずく。

 彼はまだ思案顔だった。
 説明しなければ分からないのだ。

「わたしは君を助けた。だから、それは、常識」

 一つ一つ、ゆっくり教えてやると、葉山楓はハッとしてから満面に笑みを浮かべた。もちろん、それは女の子のもののように可愛らしくはなかったが、なかなか素敵な表情だった。偽りを感じない。なぜだか、穏やかな気持ちになる。

「ありがとう!」

 たった5文字をはっきり発音し、丁寧に頭まで下げてくれた。ああ、お母さんの思っていたことが、今ならすべて理解できる。謝罪の言葉よりも感謝のそれを望んだ、彼女の心中が。

 こういうことなのだ。
 だから、わたしも相応しい応えを返した。

「どういたしまして」

 下げていた頭をがばっと上げた少年は、例の笑顔で一言付け足した。

「やっぱり、ことりはことりのままだ!」

 そうだ。
 わたしはわたし。

 そんなもの、当たり前ではないか。出会ってすぐに変化するものじゃない。

「……」

 一度彼を見て、わたしはくるりと背を向けた。とても落ち着いた心持ちで、帰路に付けるだろう。

 あんな不審者でも、礼を与えただけで気分を変えられるのだから、やはり、わたしは子供なのだと思う。

 もしかしたら、そこまで変なやつではないのかもしれない。少なくとも、あの養護教師よりは。

 ……結局、彼女は何者だったのだろう。

 温まっていた気持ちが冷めていく。この学校には怪しい人物が居過ぎなのだ。得体の知れない人たちが。

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