そのときは、彼女が視えているもののことなど、大して気にはならなかった。紅茶を飲み、そろそろ帰ろうと席を立つ。

「シイちゃーん」

 にこにこ笑顔の片桐護が呼び止める。きちんと留めていない白衣のボタンをいじりながら、じっとわたしを見ていた。黒髪を白熱灯が照らし、エンジェルリングを浮かばせる。

「?」

「あたし、シイちゃんのこと好きになりました!」

 ……。

「失礼しました」

 言いながら、すたすたと出口に向かうわたしの背中に、「つれないなあ」と不機嫌そうな声が投げられたが避ける。礼の一つでもやったほうが良かったか。いや、聞こえなかったことにしよう。

「また明日ー。玄関でキミを待ってる人がいるから、早く行ってやれよ?」

 部屋を出た瞬間、意味深なことを言われた。振り返ると、にこにこ笑顔のまま手を振られる。

 そのとき、廊下をのろのろと走ってきた男子生徒が保健室に駆け込んだ。「またキミか」と言って、彼女はその男子生徒に歩み寄っていく。わたしは保健室から離れた。

 古びた廊下を行く。彼女は、そんな情報を、いつ、どこで入手したのだろう。保健室の窓から見えたとでも言うのだろうか。それはない。位置的に考えても、玄関とは正反対にあるグラウンドに面しているのだから、有り得ない。

 出任せ。
 その線もある。

 とにかく、スリッパが廊下を叩くペタペタという音を聞きながら、わたしは玄関を目指した。

 もしかしたら、ただの占いなのかもしれない。手相とか、そういう類いの。

 ぐるぐる考えていると、前方に、見知った少女の姿を捕らえた。

「あっ、ことりじゃない。まだ帰ってなかったんだ」

 それは、ひょこひょこと身体を上下させて、おかしな歩き方をする、咲乃だった。体操服を着ている。捻挫でもしたのだろう、予想はできたが理由がいまいち分からず、近くまで行ってわたしは尋ねた。

「どうしたの」

「バレー部の体験入部でボール触らせてもらったんだけどさ、久しぶりだったから捻っちゃったのよね」

 だから保健室で湿布もらおうかなって、と、困った顔で続けた。

「そっちは? 志内先生の様子見?」

「……まあ」

「あっちから挑んでおいて瞬殺なんてねえ。元気そうだった?」

「うん」

「あたしね、強い女の子って格好いいと思うのよ。最近ほら、草食系男子が多いって言うわよね?」

「らしいね」

「ナヨナヨした女の子にはなりたくないし。だから、ことりは目標なのよ」

 ……推測だが、男子というものは、守りたくなるような女子のほうが好きなのではないだろうか……。

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