保健室という場所には、普通、こんなに混沌とした空気が漂っているものなのだろうか。緊迫と威圧の混じった空間を、紅茶の優しい香りで中和しようとしているような……そんな、感覚。

 ベッドを囲むあのカーテンは、内部を外界から遮断することによって、プライバシーと安全を確保するもののように見えた。その代わり、外の様子を知ることは許されない。何故なら、必要ないからだ。

「シイちゃんは野生なんだろうね」

「……?」

「まっ、気にすんなって。あたしは片桐護(かたぎりまもる)、見ての通り養護教員です」

「……」

 分かってはいた。
 が、養護教員がこれほどの鋭利さを醸せるなどとは考え付かなかったのだ。この片桐護という教師は、恐らく、沙夕里が武道場に呼んだ教師と同じ人間。それなのに、わたしの──あの師匠に鍛えられた、このわたしの前を、気にも止めさせずに横切った。

 能ある鷹は爪を隠す。
 彼女はまさに、それだった。

「おーい、シイちゃん? 何だよ、あたしの正体掴み損ねて不機嫌になってんのか?」

 相当、経験を積んでいるのだろう。

「大丈夫だって。気配消したり馴染んだり、避けたりするのは得意だけど、それだけだから」

 ひらひらと手を振る。
 鉄壁……か。

「で、続きなんだけど。学校楽しい?」

「え」

 思わず、素頓狂な声を上げてしまった。これだけのてだれが何を問うのかと身構えていた分、拍子抜けしたのだ。ここが学校という組織のためにある建物であることを忘れていた。

 片桐護は、一瞬戸惑ったわたしを見て、顔を綻ばせた。

 先ほどとは違う、笑み。

「だから、だいたい一週間経ったけど、ガッコウは楽しいですか? って」

「いえ……あの……楽しいです、けど」

 そうだ、彼女は仮にも教師なのだ。しかも、保健室の番人。

「そーか。うん、それは良かった」

 紅茶が冷めてきた。飲んでも良いのだろうかと思案し、結局、それに手を伸ばす。

「そんだけ強いとさ、色々危ないから気を付けなよ。キミはもう噂にもなってるし」

 一口飲んだところで、表情を険しくした片桐護に低い声でささやかれた。

「……どういう」

「この学校って、あんまり治安良くないだろ。荒くれ者がいないわけじゃないんだよ」

 あたし、視(み)えるから。
 彼女は言って、また笑顔を作った。

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