+ + + 通常の教室から少し離れた場所には、静かで閉鎖的な空間がある。保健室と呼ばれるその部屋の扉は常に閉められていて、前の廊下には大抵「静かに」という立札が立っているものだ。 『志内先生なら、保健室にいるよ』 沙夕里に言われて校舎を彷徨った結果、ようやく辿り着いた所は、いかにも人が寄付かない雰囲気を持った部屋の前だった。引き戸を開けて目にしたのは白と光、鼻には消毒らしきもののにおいが伝わる。 失礼しますと言ってそこに足を踏み入れると、艶やかな髪の毛を一つ括りにした白衣の女性が視線を寄越してきた。手には空のマグカップをぶら下げ、きょとんとしている。しばらく、無言で眺め回された。 「んー、具合は……悪くないよなあ。お見舞いするにも生徒はいないけど。どーした?」 ……そういうものは、見ただけで分かるものなのだろうか。 「志内……」 そこまで言うと、彼女は「ああ」と微笑んで、白いカーテンで仕切られた先の小さなベッドに案内してくれた。予想通りと言ってはアレだが、そこには担任さんが寝ていた。 が、しかし。 すぐさま、はい面会終了だよ、と笑顔で背中を押され、何故かそのまま適当な椅子に座るようにと促された。当の彼女は、先ほど持っていたマグカップを大きな机に乗せてから、担任さんの眠るベッド回りのカーテンを乱暴に閉めた。 「キミがシイノさん?」 薬品棚の隣り、三段ある引き出しのうち一番上をがさがさやりながら、尋ねられる。 「……そう、ですけど。あの……先生は大丈夫だったんですか?」 「あー。あいつは軽い脳震盪だから心配しなくていいよ、何たって馬鹿だし」 上機嫌な鼻歌を交えて告げられた言葉に、とりあえず安堵した。その後も彼女は色々と担任さんの様子を教えてくれた。一度目を覚ましたあと、興奮気味だったので無理やりベッドに押し込んだのだとか。 しかし、病人がいるというのに、これほど騒がしくしても良いのだろうか。 「ところでシイちゃん、本当にキミがフルゾーを倒したの?」 シイちゃんって誰。 「起きた途端にシイノはすごいシイノはすごい、って五月蠅くて」 心底疲れたよ、という顔で息を吐き出した彼女は、そのあと、にっこりと笑んだ。本能が告げる。これは何か企んでいる顔だ。 いつの間にか淹れてくれた紅茶を差し出してくる。マグカップからは半透明の湯気が昇っていた。身構えたわたしに気が付いたようで、今度はもっとへにゃへにゃと崩れた笑みを見せてきた。 「そう警戒されたら、センセイ、困るなあ。とりあえず、まあ……名前だけでも教えてやろうか。覚えてないだろ?」 まくし立てる。 悔しいことに、名前は、知らない。 [しおりを挟む] ← |