天ノ宮さんをおんぶしようかとも考えたが、当然彼女はスカートであったし、ここは多くの生徒が行き交う場所である。止めておいた。 ひょこひょこ器用に歩く彼女に、手助けは無用そうにも感じられた。 「そういえば、あの小さい男の子は帰ってきたけど、築島くんはどーしたんだろうねえ」 小人くんと不良くんの話だった。クリーム色の階段を上ったときのことを、クリーム色の階段を下りながら話している。わたしは巡り合わせを信じる質ではない。そのため、この奇妙さに理由付けはしない。 あんなので大丈夫なのかなあという言葉は、ぼやきと判断すべきものなのだろうか。 「ね、椎野さん」 「……なに」 「築島くんはね、意地っ張りでツンツンしてるけど、良い子だから」 それは分かる。 特にこれと言った理由はないが、肌で感じるとでも言うのか、本能は彼を危険視していなかった。うん、と相槌を打つと、天ノ宮さんは、みんな仲良くできるといいねと明るい笑顔で告げた。 「クラスメートだもん。同じ教室で生活することになったのは、多分、何かの引力が働いたから!」 彼女は、巡り合わせを信じている。 階段の踊り場に設置された掲示板にも、所狭しと部員募集のポスターが貼り出されていた。文字がひしめく。 「……着いたよ」 あまり訪れたい場所ではなかったが、致し方あるまい。静かな廊下にぽつんと存在する、異空間。 扉に手を伸ばすと、それは寸前でスパーンと横にスライドした。嫌な予感がする。ひょいと天ノ宮さんを抱えて、わたしは横跳びした。 「ようこそシイちゃん!」 お約束のように、保健室から、両手を広げた白衣の女性が飛び出してくる。 「あー、もう、避けたな。流行のツンデレなんて止めちゃえって」 あの、こちらを見て文句垂れられましても。一日に二度も同じ目に遭ってたまるかというものだ。 そもそも、何なんだ、その「つんでれ」とか言うのは? 「ツンデレってのはね、普段はツンツンしてて」 「聞いてません」 「あ、そう?」 片桐護は頭を掻いた。 いやにアットホームなその態度が少々気に触る。 「さてと、遊んでる場合じゃないよな。仕事、仕事。足ひねったんだろ?」 ぽかんとしていた天ノ宮さんに尋ねると、彼女は半ばぼんやりしながら一度だけ頷いた。片桐護が音もなく天ノ宮さんにに歩み寄ると、わたしは自然と彼女から手を放した。 「軽いもんだろうけど、一応処置してやるからな」 笑顔で天ノ宮さんの背中を押し、保健室へ引き上げていった。 「あ、シイちゃん」 と思ったら、また、ひょこりと顔を出す片桐護。 わたしは立ち尽くしたまま、彼女を見上げた。 綺麗な顔をしていた。 特に、瞳には吸い込まれるような魅力があって、光が揺らめいている。 「ほい、これ」 ぽい、と投げられたのは箱。パッケージから推測するに、絆創膏が入っているものだ。 何故こんなものを。片桐護はひらひらと手を振り、保健室へ戻ってしまった。 彼女には何かが視えるという。ならばこれは未来の暗示なのだろうか。わたしが怪我をする姿が視えたとか、そういう。 ……あまり、オカルト的なことを考えるのは、よそう。 絆創膏の箱を鞄の中へ突っ込む。役に立たない物ではないので、入れておくことにした。 [しおりを挟む] ← |