空気と同化するようにして脇道へと逸れる。 案の定、葉山楓はそんなわたしに意識を向けずに直進していった。 これでゆっくり帰れる。 「あー!」 と、思ったのだが、しばらくも歩かないうちに、微妙な距離から飛んできた悲鳴に驚いて一瞬だけ足を止めてしまった。 背後から迫るのは、ガシャガシャという音と何者かの気配。 「ああ、いた!」 再び隣りに並んだ葉山楓を白眼で見る。 「曲がるなら曲がるって言ってくれよ、突然いなくなるから心配しただろ!」 一体何を心配する必要があるのだろう。よく分からないことを言うやつだ。 そちらに顔を向けたまま黙っていると、相手も黙って目を合わせてくる。不思議な既視感。 ……? 首も傾げずに記憶を辿っていると、不意に葉山楓の目が泳いだ。 「まあ、いいや。ことりの家ってこっち方面?」 道の先へ顔を向けて言うが、わたしがその質問に答える義務はない。 「……寄りたい場所があるから」 あの公園に寄り道するのは日課のため、本当と言えば本当だが、かなり遠回りになる。 半ば嘘だが、別れを切り出すには恐らく絶好の機会だろう。 「じゃあね」 挨拶を置いて、わたしは歩き出した。 追い掛けてくる可能性は無きにしも非ず。適当にあしらう言葉なども考えてはいたのだけれど、あの少年は予想に反してそこに止どまっていた。 「また明日なー!」 わたしを追うのは快活な挨拶だけ。 「……よく分からない人だなあ」 誰かに言ったわけではない。もちろん、自分に言ったわけでもない、ただのつぶやき。明日には、そんなことを口にした覚えも消えてしまうだろう。 そしてわたしは、自然にもれたそのつぶやきが真に意味することなどには気が付かない。 わたしは、「わたし」というものをあまり理解できていないから。まだ、自分のことがよく分かっていないから。 自分のことは自分がよく知っているはずだと、錯覚していたから。 ああ。 本当に、本当に、長い一日だった。 SIT:03 終 [しおりを挟む] ← |