どれだけの間、そうしていたのだろうか。

「──、──」

 誰かがわたしに話しかけている。ううん、何を言っているのかがいまいち聞き取れない。

「──り、……とり」

 とり……鳥。
 焼き鳥?

「ち、違っ……。ことり、って言ったんだよ!」

 そこで、ようやく意識がはっきりした。目をぱちぱちとしばたたき、声のした方を見る。

 げ。

「や、焼き鳥って。意味、不明……」

 くっくっと笑いをこらえながらそれだけ言うと、そいつはついにゲラゲラと笑い始めた。

 ──葉山、楓。
 あの少年だ。

 寝ぼけた頭を起動させるために周囲を見渡してみたが、教室にいたのはわたしと少年だけだった。眉をひそめながら壁掛け時計を見つめる。今日の下校時刻はとっくに過ぎていた。

 少年は笑い過ぎておなかでも痛いのか、その場にしゃがみ込んでいた。ひーひー言っている。

 わたしはいすから立ち上がり、軽々と自分の右足を持ち上げた。振り下げようとしていた足にはきっちりと勢いをつけ、その不審者の背中の中心目掛けてかかとを落とす。

 どむっ!

「痛っ──!」

 鈍い音が響いた次に少年の呻きが続く。うわ、無防備な人間にかかと落としを食らわせてしまった。これは……さすがにまずい、だろう。何というか、寝ぼけていたでは済まされない。いや、確かに半分寝ぼけてはいたが、あとの半分は反射なわけで。いや、でも、こいつには前科があるし。う、ううむ。

「モロヘイヤっ!」

 ぱたり。

 少年の断末魔の叫びが聞こえた。モロヘイヤ。

「……」

 彼は本当に気絶してしまっているらしい。そっと顔をのぞいてみたけれど、落とされたまぶたは動きそうにもなかった。

 非常にまずい。

 このままこの人間を教室に放置しておけば、施錠にきた教師に見つかってしまう。そして、気絶した少年のことが教師間で情報として流され、わたしの担任の耳にも届くだろう。学校というのは恐ろしいもので、こういう噂はどこかからもれて生徒にも伝わるものなのだ。

 そして、わたしに注がれる奇異な視線はその力を増す上に他方から浴びせられることになるのだ。

 それはいやだし、困る。

「仕方ない、な」

 ぽつりとつぶやき、わたしはテキパキと帰る支度を終えて素早く教室の扉を開けた。短く深呼吸をして少年の体に手を回す。それから、おんぶするような形で彼を持ち上げてやった。

 さすがに重い……が、運べない重さではない。昔から、体力には自身がある方だ。ひょいっとまではいかないが、これなら大丈夫だろう。

 彼の荷物も持ち、わたしは下駄箱を目指した。誰にも見つからないようにという配慮をしながら、こそこそと学校をあとにする。学校から出たらこっちのものだ。走りに走った。

 走っていれば顔は見られないし、目的地にも早く着くだろうから。

 彼が途中で目を覚ましたら道端に放り投げようと決心しつつ、わたしは走り続けた。

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