ざわあっと、言葉の通り、ざわあっと、下から上へ、背中を何かが駆け抜けた。

 確かにやつの言う通り、この小道へ入るということは帰路として遠回りになる。わたしは家へ帰ろうとしてこの道を選んだわけではないし、むしろ、公園へ寄るためにこちらへ足を踏み入れたのだから、それは当然のこと。
 それに、あの不審者が立っている道をまっすぐ進めば、そのうち上り坂になって、その途中に我が家は現れる。

 振り向いた先、不思議だと言わんばかりに目をしばたく不審者の言ったことは可笑しくも正しい。というか、正しいことを言えるのが可笑しいのだ。

「……君、わたしの家がどこにあるか、知ってるような言い方をするね」
「うん、知ってるよ」

 !?

 ……わたしは今、屈託ない顔をしている少年の皮がべりべりと剥がれて、両手がザリガニのハサミみたいなものでできた異星人とかが出てきても驚かないだろう。リアル宇宙忍者だすごい、くらいは言ってやってもいい。

 ではなくて。

「し、知ってる?」

 らしくもなく動揺してしまう。わたしが自分でその気持ちをわかっているのだから、相手にもそれは伝わっているのだろう。
 中身が宇宙忍者かもしれない、今はただの不審者を睨み付ける。

「言ってなかったっけ? 言ってなかったかも! オレ、ことりの家の前でことりを見たことがあるんだよ」

 むしろ出てこい宇宙忍者。

「いや、いつ? わたし、知らないけど」
「入学式の日」

 入学式? そんな前のことが思い出せるか、もう五月の半ばだというのに。入学式。

 とは言え、この不審者に教えられるというのも妙なシチュエーションだ。自力で思い出してやるとばかりに脳をフル回転させる。こんなことにフル回転させられるわたしの脳が情けなくなってきた。
 まさか、帰り道でストーカー行為を……?

「ことりが知らなくても仕方ないって! 一瞬だったし」
「やっぱりわたしは君を見てないよ」
「そりゃそうだよ! オレ、自転車乗ってすっごい勢いで走ってたんだぜ!? もし見てたら、ことりの動体視力、ものすごいことになってるって」
「自転車で走る……あ」

 あああああああ。
 適当に打ち込んだ勇者の名前のように、「あ」という文字がわたしの中を駆け巡った。

 ──「どいてどいてー!」、と、叫び声。坂を下る自転車。避けるわたし。「本当にどいたああっ!」、と、また、叫び声。

「君、わたしを轢こうとした自転車の……」
「当たりー! それ、そいつ!」

 うれしそうに笑う葉山楓と反対に、わたしはどっと疲れた。

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