「はい!」 ……目の前の出来事を理解するのに一秒とちょっと掛かったのは、その行動の意図が読めなかったからだ。 へらへらの阿呆面で差し出された、絞りだしクッキー。はい、と言って、わたしに分けようとしている、のだろう。 受け取る。 クッキーを見つめた。副部長さんの作った見事な絞りだしのクッキーだ。その生地は固すぎても柔らかすぎても絞り出すのには向かないため、そのあたりに気を付けなければならない。それがうまくいったおかげだろう、星形の絞り口の形が想像できるほど綺麗なクッキーに仕上がっている。焼き色も食欲をそそるし、見ているだけでもわたしは楽しい。副部長さんが慣れた手付きでクッキーを焼く様子まで浮かんでしまう。 もちろん、三角巾とエプロン着用で。 「? 食べないの?」 袋の口を縛り、それを鞄の中に押し込んだ葉山楓が尋ねてくる。 縛りだしのクッキーは、はっとしたわたしの指がつまんでいる。 「格子のがよかったとか? それなら袋から出すぜ!」 邪気の無さそうな顔が鞄にしまったクッキーの袋に向いた。その隙に、渡されたクッキーを噛んで飲み込む。 「あれっ」 袋を手にこちらを振り返った葉山楓が茫然とする。 「クッキーが消えた」 「ごちそうさま」 と、よく見れば、この人、口の端にクッキーの欠片なんかくっつけているではないか。 「店で売ってもいいくらいのクッキーだよな! うまかっただろ?」 作ったのは副部長さんなんですが。 妥協してうなずくと、子犬が尻尾を振っているときみたいな顔になる。動物になつかれた気分である。 一勝負、いや、一稽古申し込んでみようという考えがみるみる後退していく。こんな相手にそんなことを頼むのか。しゃくだ。しゃくすぎる。 言い出せないまま、また歩き始めた。立ち止まったのはこの子供みたいな人と稽古をしたかったからで、クッキーをもらうためではなかったはずなのに、そういう気分ではなくなってしまった。 これでは何のために隣りを歩かせているのかわからないじゃないか……。 葉山楓は下らないような話を再開する。朝、学校へ行くために辿った道をさかのぼる。少年はしゃべる、しゃべる。 ……。 何故こいつなんかがわたしの蹴りの重さを軽減できるんだ! 苦しんでいると、公園へ行くための曲がり角が見えた。当たり前のようにその角を曲がる。 「あれ、そっち行くの? ことりの家、まっすぐ行ったほうが近いだろ?」 背後から掛かった声に振り向くべきかどうか迷ったが、奇妙なことに気が付いたので、急いだふうに見えないように振り向いた。 [しおりを挟む] ← |