ガラガラガラッ。

「うわっ、もしかしてギリギリセーフ?!」

 教室に響いた不協和音。
 情緒の欠片も感じられないのんきな声を耳にして、わたしは開けられた扉の方へ目をやった。何とも言えないマヌケ面とご対面、というところだろうか。

 わたしはうんざりした顔をしてみせたはずなのに、やつはパッと明るい表情になってぶんぶか手を振ってきた。蹴り飛ばしたい衝動に駆られるが、昨日のわたしを見ていないという女の子がここにいるのだ。その子にまで奇異な視線を送られたくない。
 まあ、この小枝という少女は、少年を蹴り上げた話をしても笑顔を崩さなかったつわものなのだが。

 と、わたしが考え込んでいたら、目の前にキラキラとした笑顔が現れた。

「そういえばさ、自己紹介まだだったよな? オレ、楓っていうんだ。ちなみに名字は葉山(はやま)ね。あ、でも名前で呼んでくれていいから! 大歓迎! これからよろしくな、ことり!」

 マヌケな笑顔がまくし立てたあと、わたしは返す言葉を探した。あの女の子には怖がられたくない。本当は、この楓とかいうやつを蹴り飛ばして近寄るなと言ってやりたいのだが。
 わたしの直感だが、この少年のそばにいるとろくなことがなさそうだから。

 そこで、ふと気づいた。

「……君、どうしてわたしの名前を知ってるの?」

 少年はニカッと笑う。
 ううむ、ラブコメ漫画とかだったら女の子がコロッといきそうな笑顔だ。わたしにはイラつきしか残りませんけれども。

 そして、ポケットから折り畳まれた紙を取り出して広げた。普段使っているノートと同じくらいのサイズだから、B5だろう。

「ジャジャーン! これが目に入らぬかーっ!」

「うん。燃やして灰にでもしたら、その灰がちょこっとだけ入るかもしれないけど」

 笑顔のまま固まる少年。

「あ、わたしその紙見たことあるよ。ハルの届けてくれた資料の中に入ってたから」

 と、可愛らしい声が入り込んできた。ハルというのはおそらく人の名前だろうが、わたしにはそれを気にしている余裕などない。
 固まったままの少年から紙をひったくり、まじまじと見つめる。それは、1年7組の名簿だった。

 わたし、あんな紙もらったっけ? 昨日はあんまり確認しなかったから、見落としていたのかもしれない。
 ふむふむと紙を眺め、少年に返した。名前なんていずれ覚えるだろうし、それを学校で見ていても大したメリットもなかったから。

 うんうんと一人で納得していたら、わたしの袖を誰かがくいくいと引っ張り始めた。訝しげな表情を浮かべて袖を見ると、小枝という少女が時計を指差して心配そうな顔をしていた。

「あの、ことりちゃん。もうすぐ始業式が始まっちゃう時間じゃない……?」

 彼女の一声で、クラスメート全員が時計を見た。そして一気に騒がしくなり、わたわたと教室を飛び出していく。

 入学式は昨日だったというのに、今日はいきなり始業式だ。わたしもゆっくりはしていられない。パパッと準備をして始業式の会場へと走り出した。

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