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神に誓うな、己に誓え!
 プロローグ


 夕闇に包まれ始めていた。
 太陽めがけた紫のグラデーションを作る空に、光に照らされたオレンジの雲。それを仰いで思う。

 ちょっとだけ浮かれていた。
 ようやく悪魔のような試験が終わったからと、この素晴らしい解放感が嬉しくて、その嬉しさあまりに書店やらコンビニやらをあっちへフラフラこっちへフラフラ。門限ギリギリまで寄り道をしていたら、あら不思議。


「……あれ」


 ――どこ、ここ。


「いやいやいやいや待て、落ち着け!ヒッヒッフー」


 あ、駄目だこれラマーズ法だ!産まれるうううう!
 最後立ち寄ったのはジェラート店だったはず。そこで奮発してクレープなんてオシャンティーな物を買っちゃって、それを食べながらいつもとは違う道で家へ帰ろうとした……そう、そこまではいい。


「いつの間に、こんな林の中に……」


 私の目の前に広がるは植物が生い茂る林の中。
 そもそも学校から家までの近所にこんな場所があっただろうか。もしかしたら、無意識に道を間違えてしまったのかもしれない。そんなこと生まれてこの方体験した事は無いが。


「……うん、そーや。運送屋!多分」


 でも事実こんな所にいるんだ、仕方ないね。
 そう自分に言い聞かせながらふと林の奥を見ると、そこには吸い込まれそうなくらい深い闇がずっと広がっていた。


「……………」


 ちらりと軽く視線を向けただけなのに、何故か私はその闇からしばらく目を離せなかった。

 あまりの闇の深さに、もしかしたらこの奥はどこかに繋がっているんじゃないか。
 なにか恐ろしい者でもいるんじゃないか。
 なにか。実際、なにかがじわりとこちらに。

 ――なんて変な事を思ってしまい、ぶるっと身震いをした。


「ないない、そんなファンタスティック」


 むしろホラーかな。どっちにしろあってたまるか。
 思考を振り払いながら、闇から目を背けるように来た道を戻ろうと振り返る。


「――――」


 帰り道を失った。










 
「目が覚めたかの、若人よ」

「……わこ……?」


 ぼんやりと意識が浮上してきた所で、どこからか聞いた事のない老人のようなしゃがれた声が聞こえた。


「安心しなされ、ここはわしの家じゃ。身体はもう大丈夫かの?」


 そこまで聞いてぱち、と目を開く。
 すると目の前には3、4メートルはあろう巨大な獣が私を見下ろしていた。獣はライオンのような頭や羊の角に大きな翼、下半身は猛禽類のような鋭い爪のついた足、目のない蛇が尻尾としてあり、絵に描いたような化け物の姿をしていた。
 私は直感的に思った。

 ――あ、私エサだわこれ。


「っほぎゃああああああああああ食われるうううううううううううううっ!?」

「ど、どうしたのじゃ、若人よ!」

「ぎ、キャアアアアアアアアアシャベッタアアアアアアアアアッ!?」

「こ、これ、落ち着きなされ!主も同じよーなモンじゃろて」

「おおお同じよーなっ!?」


 聞き捨てならない言葉に、私はベッドに寝かされていた身体を勢いよく起こし、自分の身体全体を見る。
 そこにも獣がいた。もっふもふの毛玉が。


「………………ハァ?」


 え?私毛玉?人間じゃなくて?こけた数だけある傷を負った足が、今度は凄まじい剛毛に?なぜ?Why?なんということでしょう!早く人間になりたーい!

 そう、私の身体は隣の化け物と同じようなものになっていたのである。身体中に獣の毛が生え、角や翼に尻尾まで。完全にキメラだ。
 状況が把握できず、私はポカーンとアホ面をした。一体全体なんだってんだい。


「……つまり、どういうことだってばよ」

「信じがたいかもしれぬが、落ち着いてよーく聞くんじゃ」


 私が呆然と呟くと、隣にいる巨大な獣が真剣な声音で語り出す。正直鋭く尖ったキバが見える度に食われそうで怖いですちびりそう。


「ここは魔界。主が住む人間界とは違う世界じゃよ」

「……魔界?」


 一瞬、ねーよw厨二病乙wと思ったが、すぐに撤回した。普段そんな創作内の言葉を言われても絶対に信じないだろうが、魔界と言ったのはこの他でもない目の前の化け物なのである。この本人(?)が紛れもない証拠だ。
 ――いや、もしかして私は悪い夢を見ているのかも。夢なら覚めて今すぐ覚めてオナシャス。


「ぐぬぬ……っぁったたたた!」

「な、何しとるんじゃい!主、まさかそんな嗜好を……?」

「あってたまるか!痛い……」


 夢よ覚めろ!と思いっきり頬を引っ張ってみるが、力加減がうまく出来ず自分でやって滅茶苦茶痛かった。裂けた。
 まだこのもふもふな身体に慣れていないからか、己の力も満足にセーブできないらしい。
 ――現実、なのか。


「……魔界なんて、それほんまかい?」

「ほんまほんま、魔界じゃ。魔界と人間界は互いに寄り添いあう。すると周期的に人間界と魔界は一部が繋がり、その時に運悪く魔界へ来てしまう人間がたまにおるのじゃよ」

「つまり、私は魔界に来てしまった、と……」

「そうじゃ」


 そういえば、ぼんやりと気を失う前の事を思い出してきた。いつの間にか知らない林の中に入り、迷子になってしまったあの時、既に私は魔界へ迷い込んでしまっていたんだ。うん、解決した。運悪すぎだろjk。


「そして主、元は人間じゃったろ。人間界で暮らす主のような者が魔界の瘴気に当たれば一発でオダブツじゃ。わしが見つけた頃には、主はもう既に瘴気にやられ瀕死の状態じゃった」

「え、それじゃあ私死んでるんですか?幽体離脱?ゾンビ?私の霊圧が……消えた?リビングデッドの叫びいいいいいいい!」


 ここにきてまさかの死亡通知だと……フラグは既に建ってたのか。一級フラグ建築士なれるよボカァ。


「最近の若いもんのノリにはついていけんわい。いや、確かに主の肉体はもう使い物にならんかった」


 ごめんなさい、おじいちゃん。この獣さんは口調からしてやっぱりお年寄りなんだろう。過激な表現は控えよう、無理だろうけどうぇへぇ。


「じゃが、都合よく残骸があっての。元の人間の身体の名残はわずかしか残っておらんが、わしがなんとか主の身体と残骸を繋ぎ合わせて主は一命を取り留めたんじゃ」

「継ぎ合わせてって、そんなことが出来るんですか」


 わずかってかほとんどないんですがね。どうりで身体中ツギハギだらけだと思った、まるでフランケンシュタイン博士の怪物だよ。
 それにしても、この獣さんは結果はともかく私の命の恩人だったのか。人(?)は見かけによらないってこういう事か。ありがたやありがたや。


「あ。あのーその残骸というのは?」

「……わしらキマイラ族の亡骸じゃ」


 私がなんとなく気になって聞いてみると、途端に獣さんは悲しそうに俯いて弱々しく語りだした。わー見事に地雷踏んだ!


「悪魔の中でも下級種族であるわしらキマイラ族は、職能はともかく弱種でのぅ……生存競争に勝ち残れず、あっという間に数を減らし滅亡の危機に追いやられ、もうわし1人しかおらぬのじゃ……」

「そ、そんな……」


 まさかの衝撃の事実。こんなに恐ろしい姿をしていても、魔界ではごく普通のそこら辺にいる悪魔らしい。

「ついこの間、もうひとりの生き残りであった充くんも亡くなってしもうた……一族自慢の優秀な素晴らしい子じゃった……」

「み、充くん……!」

「わしはキマイラ族の生き残りとして、沢山の同胞が眠るこの地にずっと住んでおるのじゃ……主のその身体は、同胞達からの物。大事にしてくだされ……」

「おじいちゃん……!」


 哀しみを秘めながらも優しい眼差しで私を見るおじいちゃんに、思わず感動してしまう。
 赤の他人にこんなに優しくしてくれるなんて、悪魔とは思えないくらい素晴らしい方だ!


「最後ひとり残ってしまって、寂しいですよね……お察しします……」

「いや、最後ではない」


 私が感動で涙を流していると、意味がよく分からない言葉を不思議に思う。どういう事かと聞こうと見上げると、そこには全く予想もしなかった嬉しそうな笑顔を作るおじいちゃん怪物。
 嬉しそうなのに、私は猛烈に嫌な予感を感じた。え、まさか。


「時に主よ、主は見た目はほとんどキマイラ族そのものじゃ。事実身体も流れる血もキマイラ族。どうじゃ、わしら一族としてここで暮らしてみぬか?その体ではもう人間界に戻れぬじゃろ?」

「は」












「は、嵌められたああああああああああああああああああああああああッ!?」

 ――こうして、私の魔界での悪魔生活がスタートしたのである。
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