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君のフライングマン
先に行く あとに残るも 同じこと


 ――諦めないでください。まだ、終わりなんかじゃない。まだ!







「――でよぉ、笑っちまうよな!」

「はははっそんな事があるんだな」

 いつもと同じ、いつもの帰り道。
 平均よりも大柄な二つの影――家康と元親はまだ太陽が真上でさんさんと照っている住宅街の道を歩いていた。
 専攻は違うが同じ大学に通い、大学から徒歩圏内の学生御用達物件のアパートで隣同士住んでいる二人はこうして他愛もない事を駄弁りながら帰路につくのはいつもの事である。

「家康、昼メシどうすっか」

「そうだなぁ。どこか寄って買うか食べに出るか、元親はどっちがいい?」

「んー、実はよぉ課題がまだ全っ然終わってなくてな……帰ってやんなきゃなんねぇんだよ……」

「またか元親、いつも懲りないなあ。じゃあ買って帰ろうか!」

 偶然どちらも本日は午前中で講義が終わり、下宿に帰って提出期間が間近の課題をしようかと考えていた所に校門でタイミング良く鉢合わせたのだ。課題をつい溜めてしまう元親とテキパキと終わらせる家康は、そういった性格は正反対なものの親友同士でとても気が合うのが不思議だが、この日も例外なくどちらから言うでもなく一緒に帰っている。
 二人はぐぅ、と控えめに鳴る腹を押さえ昼飯について考えていた。
 ――――それが実に平和で平凡で呑気なことだとは、この後起こる事件をまだ知らない二人は知る由もない。

 初夏のじっとりと水分のある空気と日に日に強くなる日差しから逃げるように足を早める。
 ここから少し歩いた所にある、よく利用する便利な中規模スーパーでいくつかお惣菜を買った後、二人はようやく下宿へと帰ってきた。
 山や田畑に囲まれた完成な住宅地の側にあるので家賃は低めで、こうして少し行けば便利のいい中々に好条件の下宿である。アパートなので他の部屋には同じ大学の学生達がほとんどを占めている。
 とにかく、家康宅で昼食にしようと話していた二人は鍵を取り出しガチャリ、と硬い音を立てて扉を開けた。

「んじゃ早いとこ冷蔵庫に――」

 ふぅ、と一息つきながら玄関に荷物を置く家康と、隣の自分の部屋へ一度戻ろうとする元親。そこに、二人して手に持ったガサガサというビニール袋の音に混じって、何か別の音が耳に入る。

「…………――――」

 また元親の趣味のからくりか何かだろうか、と隣を見ても元親も首を傾げて耳を欹てている。
 では、今のは空耳だろうか。

「……うう……」

 また聞こえたそれは今度ははっきりと耳に届いた。機械音ではないし、ホラー現象のラップ音でもない。苦しそうに呻く――――人の声のようだった。

「どっ泥棒か!?ま、まさか、ゆゆゆ……!」

「は、はは、こ、怖がりだなぁ元親は……」

 そう言う元親は無情にも家康の背に隠れてしまった。ここで幽霊などのホラーが苦手な元親が役に立たなくなったとなると、最早自分が行くしかないのだろう。
 買った物をその場の玄関の床に置き、元親を残して恐る恐る玄関から部屋へと繋ぐ扉に手をかける。扉のすりガラスからぼんやりと少しだけ見えたのは、やはり人の影。ただ、それは随分と小柄で床へ突っ伏しており動く気配はない。
 ――ガチャリ。

「――――っ!…………だ、誰だ?」

 人思いに扉を開けて直接のご対面。やはり人影は床に倒れており、ピクリとも動かない。うつ伏せなので顔は分からないが、自分に比べて少し年下の少女のようだ。
 まるで死んだように動かないが僅かに上下する背中に辛うじてホッとしていると、部屋の扉から元親がそろそろと覗いてきた。

「ってなんだ、ガキじゃねーか……。家康、こいつ知り合いなのか?」

「いや、全く……今朝も鍵をかけて出たはずなんだが」

「なんでお前の家の中に……不法侵入ってやつか?」

「……う、うーん……むにゃむにゃ」

「オイ、むにゃむにゃとか言ってんぞコイツ。寝てるだけかよ!」

「もう食べられないよ〜」

「お決まりの台詞ときたもんだ。どうやら大丈夫そうだな」

 かと言ってさてどうするか。
 うむむ、と家康が悩んでいれば、幽霊などではないと分かるとあからさまに自信を取り戻した元親がずかずかと大股で近寄る。そして今度は恐れもせずにぺしぺしと後頭部を軽く叩く。
 万が一何かあっても、向こうは年端も行かない少女のようだし、早々のされることはないと判断してだろう。

「おい、嬢ちゃん起きろ!起きろってんだ!」

「起きてくれ、頼む!」

 流石に頭を叩かれて意識が浮上したようで、少女はゆっくりと頭や手を動かし始めた。顔を上げ目を擦り、そこでようやく側にしゃがんでいた家康と元親とカチリと目が合う。真正面から見ても、あどけなさの残る純朴そうな顔の少女だった。

「――――」

「お前は誰なんだ?一体どうしてここに入ったんだ?泥棒か?」

「…………――家康さま?」

「?」

 疑問があり過ぎて次々に言葉を投げかける家康。その前で少女の寝ぼけ眼の瞳が困惑顔の家康を映した瞬間、カッと見開かれる。そして一瞬で飛び起き家康の両手を掴んで泣き出したのだ。それを、家康も元親もポカンと呆気にとられて見ているしかなかった。
 二人を他所に一人でわあわあと騒ぐ少女は、端が所々切れているが動きやすそうな和服姿で、膝や腕に擦り傷や切り傷を作っており髪は乱れてボサボサという、まるで争い事をしていたようないで立ちをしているが、本人はそれを全く気にしていない。

「――――家康さま!家康さまだ!ご無事で何よりです!私ずーっと心配していたんですよ!いやそれよりも、どこもお怪我はございませんか!?良かった、本当に良かった!」

「ななな、何を言っているんだ?待ってくれ、落ち着いてくれ!」

 くるくると表情の変わるごく普通の少女は傷だらけにしてはとても元気そうだ。幽霊でも泥棒でもなく、むしろこちらを敬うようなこの態度。
 こちらに害を成す存在ではなさそうなのは分かったが――今一番気になるのは、どうしてこの子は自分を「さま」を付けて呼んでいるのだろうか。

「家康ゥ、まさかこの嬢ちゃんと知り合いなのか?」

「いや、ワシは全く覚えがないのだが……失礼だが、どこかでお会いしたか?」

「何をおっしゃるんですか!お戯れはよしてください!この夕陽をお忘れですか!?」

 ぐしっと一度強く涙を拭い取ると、その場で立ち上がりビシィッ!とサタデーナイトポーズのような姿勢で言い放つ。

「徳川軍一の忍頭、半蔵くんと並ぶこの夕陽を!」








「あのな、お前はきっと勘違いをしている。ワシはさま付けで呼んで貰うほどの者じゃないんだ。人違いなんだよ」

「私が家康さまを間違える訳がありません!貴方様は家康さまです!」

 私の目は誤魔化せませんよ!とキラリと目を光らせる少女。随分と頑固なようで、元親どころか家康の言葉さえも跳ねのけてしまう。
 彼女が言うには、家康は己の大将であり今や日ノ本一天下に近いと称された名将で、同じく四国を統べる戦国大名の元親とは親友の仲である。らしいのだが――。

「もう、忘れてしまったんですか?家康さまが忠勝さまと戦に向かわれ、その間私は正信さまの命で敵陣の動向を探るよう言われ単身別行動でした。その後に家康さまの部隊が衝突していると言伝を聞き、急いで馳せ参じたのですが……」

「う、うん?」

 全く持って何を話しているのか理解できない。ちょっと頭の残念な子なのだろうか、と思うがそれにしてはしっかりと人の目を見て話す子である。
 また忠勝は家康の良く知る名だが、半蔵やら正信やら知らない人物の名前も飛び出すがそれらはとんと検討もつかない。
 まさに彼女一人だけが、ぽつんと異空間からやって来たかのような違和感とズレが生じているのだ。
 かと言って、まだ知り合ったばかりの彼女をそう簡単に信用する訳にもいかず。

「今は戦なんてモンは無ぇし、この子が言うには家康は大将でこの子は忍だァ?時代錯誤もいいとこだぜ?」

「戦が無い……そんな所があるんですか?ここは日ノ本ではないということでしょうか?もう、元親さまは海に出てばっかりだから勘違いしていらっしゃるんですよ!冗談は服装だけにしてください!あ、今は露出してないですね」

「まるで俺が露出狂みてぇな言い方すんなよな!?」

「うーん、どうも話が分からないな……確かにワシは徳川姓で同名だが、本人に似てもいるのか?」

「ええ、もちろんですよ家康さま!貴方様以外あり得ません!本人でないなんて絶対にないですよ家康さま!」

 名前を連呼し鼻息荒く力説する少女の目は本気だ。つまり彼女は劇団のように役を演じている訳ではなく、本当に戦国の世を生きてきた忍だと言うのだ。確かに和服を着て忍のような出で立ちをしているのは事実だが、それだけでは根拠は薄い。まだ悪酔いしている劇団員の線の方がまだ強い。

「もしかして、本当にワシは戦国時代の「家康」の生まれ変わりなのかもしれないのだろうか……」

「おいおい家康、こんな変な奴に洗脳されんなよ?戦国時代と言やあ1500年代だから……400年ほど前の大昔だぜ。まさかそんな時代からお前はやって来たってぇのか?ちゃんちゃら可笑しいぜ!」

「――――?よく分かりませんが、やって来たと言いますか、いつの間にか気を失って倒れて目覚めたらここだった、という感じでした!」

「じゃあ、もしかして全く行き方も帰り方も知らないのか?」

「存じ上げません!」

 えへん、と誇らしげにふんぞり返る。いや、全く持って褒めていない。
 つまり彼女は、彼女の意思など無くどこからともなく何故かこの家へ連れて来られたタイムトラベラーなるものだというのだ。
 そんなSF映画のような設定今更流行らねぇよ、と批判を受けそうなツッコミを内心入れつつ、大体の状況を察した家康と元親は互いに冷汗を流しながら目を合わせた。その前では、変わらずにこにことこちらを見ている少女。
 少女だからといって親身に事情を聞いてしまったのが仇となってしまった。こういう困っている人が居れば助けるなり無下には出来ないのがこの二人だ。絵空事のような事情を聞いてしまえば、警察に不審者だと突き出す訳にもいかない。

「……どうする?」

「……どうするよ」

 文字通り、彼女にはこの世界で頼れる人はいないのだ。未来の日ノ本の右も左も分からない赤子同然の、突如過去からやってきた女の子。そんな弱者に非情にはなりきれない。
 もはや少女を疑うことはしなかった。何故なら彼女には裏なんてものが全く無いように見えたから――と言うと格好いいが、ただあまりにも明らかに深く考えていないアホ面を下げているからである。地べたに姿勢正しく正座をしてにこにこと笑顔で家康をキラキラとした目で見上げて言葉を待っているその姿は、まるで「待て!」をされた忠犬のようだ。
 静寂が訪れたそこへ、外から足音が近付いて来ているとも知らず。
 ――――ピンポーン。

「なっ何奴!?敵襲にござりますか!?」

「わっ!ちょっ」

「おい!おまっ」

 なんでもないただ玄関のチャイムに対し、そう言い残してその場からシュッと風を切る音をさせて少女の姿が消えた。消える間際に見えたのはいつの間に取り出したのだろうか、その手に握られた小刀のような武器の光であった。

「Hey!家康、居るか――……」

「お覚悟ッ!」

「Ah?誰だこのGirlは?」

 慌てて玄関へと向かうと、扉の前に居たのは隣の部屋に住んでいる伊達政宗だ。同じ大学に通う同学年の生徒で、優れたルックスと派手なことをやらかすことで学内では非常に有名な東北出身の伊達男である。
 その背後に音も無く現れた少女は政宗の首元を狙おうと小刀を構えるが――。標的の顔を見た瞬間に突然アッ!と大袈裟に声を上げてズザァ!とその場に勢い良く土下座をした。

「ききき貴殿は政宗公!申し訳ございません、早まったご無礼をお許しください!かくなる上はこの私、腹を切り……!」

「わーーーっ!待て待て早まるな!」

「そうだ、Stop。お前、俺を知っているのか?」

 刀を自分の腹に当てる少女の手を家康が慌てて掴んで止める。そこまでは良いが、見た目の細腕の割に非常に力が強く、日々筋トレで鍛えている己の体でも彼女の動きを止めるにはかなりの力が入るくらいだ。控えめに言って怪力である。
 しかも、元親が刀を取り上げればどこに隠し持っているのか少女は次々に小刀や苦無、手裏剣などの武器が四次元ポケットのようにバラバラと金属音を立てて出てくる出てくる。
 事情は違えど青ざめていた三人を見下ろす政宗は至って冷静だ。

「何をおっしゃいますか、もちろんです。三河にとって奥州はとても大事な同盟国ですから!」

「――――。ま、何でもいいけどよ。さっきから隣の部屋まで筒抜けだぜ。とにかく、その小十郎の惣菜は渡したからな」

 じゃあな、とクールに言って後ろ手を振って隣の部屋へと消えていった独眼竜。
 彼はいつも同居人の小十郎お手製の野菜や料理をお裾分けに持って来るのだ。巷でも有名なお野菜職人の小十郎と料理が趣味で料理サークル長である政宗は、二人居れば向かう所敵なしという程の腕前を見せるが、その趣味に没頭する余りに頻繁に作り過ぎてしまうので、ご近所の大食漢二人が丁度良いお裾分け先になっていた。
 こちらとしては生活の足しにもなるため大変ありがたいのだが、今のは絶妙に間が悪かった。きっとお祭り騒ぎが好きな彼の事だ。明日からあちこちに言いふらすだろう。二人のどちらかにGirlfriendが出来た、だなどと。
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