digimon | ナノ

01 「ズェアアアーッ!」幻船長コカトリモン!

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「神室、雪月花ぁ〜!」

「なに呑気に歌ってんだよ……」

「いや気分だけでも涼しくしようと思って」

「天啓が、来た!」

「痛い痛いヒートアクションはやめてー!」


 熱唱しているとインプモンに神室町の恐ろしさを教わった。これは東城会が絡んでますね……。

 あのコロッセオから再び宛もなく歩き始めてもうどのくらいの時間が経っただろう。
 私達一行は依然広がる灼熱の大地を歩き続けている。砂漠ではなくサボテンが立ち並ぶサバンナに変わったが、それでも常に頭上にある太陽は変わらず私達の心身を疲労させる。


「空ぁ〜大丈夫〜?」

「なんとかね……」

「光子郎はん、へ、へこたれたら、あ、あかん」

「あ……ああ……」

「ヤ、ヤマト〜……」

「俺のことよりお前その毛皮じゃ暑いだろ……」

「あ、ああオレなら大丈夫……」

「丈……休もっか?」

「いや、もう少し頑張ろう……」

「タケルファイト〜……」

「ふぁいとぉ……」


 口々になんとか気力を保とうとお互いを励まし合う。
 そうでもしないと歩けないほど私達もデジモン達も限界が近づいているためだ。
 しかも、私は傷の痛みでも常に体力を奪われている。結局変えたガーゼもすぐに汗に濡れ、傷口に滲みヒリヒリと怪我の痛みを助長する。やはりお荷物であることには変わりないようだ。
 だが痛む傷はあっても、私の心は以前とは正反対に違い、吹っ切れてむしろ清々しいくらいだった。

 だがこのうだる暑さにはどうにも勝てない。
 そもそも、それよりも気がかりであるのは、私以上に傷ついて酷く弱っているもう一匹。


「コロモン……ごめんな。俺のせいでコロモンに戻っちゃって……」


 太一は腕に抱いているコロモンを見つめる。
 あれからずっと苦しそうに荒い息をして目を閉じているコロモンに、太一は罪悪感を抱いている。
 自分の過ちでこうなってしまったことにずっとひどく沈んでいる太一を見かねたらしく、汗を拭いながら笑顔を作るミミが優しく諭した。


「太一さん。こんなところでいくら後悔したってどうしようもないわ」

「ミミちゃん……」

「コロモンの為にも太一さんが元気出さないと!」

「……うん」


 にこりと笑いかけるミミの気遣いに、太一も少し心が軽くなったらしく顔を緩めた。
 熱気で息苦しい中ミミの周りだけ清らかな空気が見えた気がした。気がするだけで実際そうではないのが今は死ぬ程残念だ。


「なんという聖母……ミミちゃんが天使に見える……」

「天使だもん〜……それにしても暑い……」

「コロモンの体力が心配だ……」

「アタシが巨大なトゲモンになってみんなに日陰作ってあげたい……」


 ミミは冗談っぽく笑うとすぐその表情も消え、絶えず吹き出す汗を帽子を脱いで拭う。
 パルモンが傷付いたコロモンを見て、そして疲れきっている一行全員を見る。本当にこんなサバンナを歩き続けていると頭がどうにかなりそうだ。頭がフットーしそうだよぉ!と思う位には頭がやられている。
 トゲモンはサボテン型のデジモンだ、きっとこんなサバンナの暑さなど全然平気なのだろう。
 そういう想像をしているのか、緩んだ顔のパルモンが妄想を膨らませているのを横目に見ていると、少し先の所にぼんやりと何かの影が浮かび上がっているのを発見した。


「パルモン!あれ!」

「巨大なサボテン!」

「サボテンダー!」


 遠くでゆらゆらと熱気で揺れて見えるそれはどこからどう見てもサボテンだった。しかも遠目で見ても分かる程の巨大さのもの。この炎天下では天国である日陰があのサボテンの下にある筈だ。
 希望が一気に湧き上がり一目散にサボテンに向かって走り出す。


「よーしみんな!あの巨大なサボテンの日陰に入るんだ!」

「やった〜〜〜!」

「わ〜〜〜い!」

「アタシもあのくらい大きなサボテンになりたぁ〜い!」


 久々に休憩ができると全員が期待に胸を膨らませ、目を輝かせながらパルモンも一目散に走る。
 残された体力を振り絞って巨大サボテンの陰に入った、そう思った瞬間、気付いてしまう。


「あ、あれ?」

「日陰がな〜い!!!!」

「見逃し三振バッターアウト!」


 遠くでぼんやりと揺れていた巨大サボテンは根本が無かった。無かった、というよりそれはサボテン自体に実体がない灼熱地帯特有の現象が見せた幻である。
 まさかこんな時にそれを体験するとは思いもよらなかった。完全に糠喜びだ。
 思わず絶叫すると目の前で巨大サボテンはゆらりと揺れるとそのまま何事もなかったように消えてしまった。サボテンなんてなかった……。


「蜃気楼だった……」

「はああああ〜〜……」

「……――選ばれし子供達……」

「え?」


 がっくりと肩を落としその場にしゃがみこむ。なけなしの体力を使ったというのに空振りだとは。こんなのってあんまりドゥ……。
 深く長くため息をついて落胆していると、どこからか久しぶりに聞き覚えのある声が聞こえた。
 自分はとうとう疲れ過ぎて幻聴が聞こえたのか、と思ったらみんなも聞こえたらしく、全員で辺りを見回す。


「選ばれし子供達よ!」

「ゲンナイ!」


 今度は呼び声がハッキリと聞こえた。
 声のした方を振り向くと私達のすぐ前に以前見た謎の立体映像装置が現れ、そこにゲンナイが映し出された。
 ゲンナイとはサーバ大陸に来てから始めての接触だ。そもそもサーバ大陸に来いと言ったのはゲンナイなのに、何故今の今まで私達が放置されねばならんのだ。ちゃんと事細かに知っていることを話してもらわないと。
 ここぞとばかりに太一が言いたいことを怒りに乗せながらゲンナイにぶつける。


「爺ちゃんやっはろー!最近どう?」

「ぼちぼちでんなあ」

「世間話してる場合か!ジジイ!お前の言った通りタグと紋章手に入れてはめ込んで敵と戦ったけど、ちゃんと進化しなかったじゃないか!それどころか、アグモンは可哀想に、コロモンに退化しちゃったんだぞ!」

「あたし、紋章なんて欲しくない!」

「落ち着け、選ばれし子供達。望むと望まなざると関わらずいずれ紋章はお前達の物となる!タグと紋章はお互いひかれ合う性質を持っておるのじゃ」

「ええー!?」

「そんなぁ!」


 惹かれ合う……スタンド使いかな?WRYYY!
 ということは、嫌でも紋章は手に入るのか。
 どちらにせよ私達が紋章を手に入れるということは絶対であり、エテモンのような強敵と戦う上では必ず必要になるものなのだ。紋章集めは避けては通れない道、という訳だ。
 そしてゲンナイは先程の太一の言葉に返した。


「アグモンがコロモンに退化した訳を話そう。例えタグと紋章を手に入れても正しい育て方をしないと……」

「正しい育て方?」

「そう。正しい育て方をしないと正しい進化はしない」


 ――正しい進化。
 スカルグレイモンの時が正しくない間違った進化であれば、恐らくデビモンの時もそうであったに違いない。
 あの2つの時のデジモン達の状況は酷似している。パートナーの私達に何かしら問題があったのだ。それを思い出し納得した。
 やはりゲンナイは私達が知らない様々なことを知っている。相当な実力者と分かるな!これは根掘り葉掘り、あることないこと聞きださねば。


「正しい育て方ってなんだよ」

「選ばれし子供達。正しい育て方を考える事じゃ。それが――…………」

「かまわん、続けろ」

「ゲンナイ!」

「あぁー……」

「あのジジイ、いつも訳のわかんないことばかり言って……!」


 慌てて問いかけても雑音混じりの音声はブツリと切れてしまい、それからは返事は帰ってこなかった。続かなかった……。
 この装置、毎回電波悪すぎないか?なんで毎回毎回良い所できれるんだ。修理出しなよ。保険切れてるの?
 ブー垂れているとデジモン達がゲンナイの言葉にざわざわと話しはじめる。


「正しい育て方だって」

「オレ達正しい育て方されてるのかなぁ?」

「ガブモンちょっと待てっ!」


 ピヨモンがガブモンに問い、ガブモンがそう疑問を口にするとそれを聞いたヤマトが珍しくビクッとしてあからさまに焦って止めた。
 それに続いてみんなそれぞれ『正しい育て方』について自分はどうか考えてみるが、誰一人としてポジティブな答えは出ない。


「僕……自信ない」

「こらこら光子郎はん何ゆーてまんねん」

「オイラは?」

「僕も全く。全然。少しも自信がない。自信ゼロパーセント」

「おいおい……」

「聞きたくないけど一応聞いておいてやるよ」

「上から目線!?」


 うちの子はどうも育て方をかなり間違えてる気がするわ!完全に不良だわ!

 まず一つ目の進化が普通に出来るのなら、今更育て方なんてものは意識せずとも次の進化も出来る訳ではないのだろうか。
 今までの一段回進化のきっかけが起きた時、パートナーだけでなく私達自身もそれぞれ何かしら内面が成長していたような気がする。それとは理屈が違うのだろうか。


「そもそも育てるもんなの?私はダチというか兄弟というか、そういう感覚だったんだけどなあ」

「ああ、なるほど。そういう見方もありますね」

「うーん……どうなのかしら。考えたってわからないわね」


 ゲンナイがスッパリと話してくれればそれで納得できるのだが、通信も途切れた今私達だけで話し合っていても確証も確認も取れない。
 それとは別に、今はとにかく私達はこのサバンナを歩き続け無ければならないのだ。それを思うだけでゲンナリする。ゲンナイにもゲンナリ。


「とにかく、諦めるな!自分の感覚を信じ……ん?」


 ――ブォォォーーーーー…………。

 突然どこからか船の汽笛のような音がサバンナに響いた。
 こんなサバンナの真ん中だ。本物の船ということはないだろうが、近くに何かいるのだろうか。


「え?」


 と思えば地平線の向こうから徐々に姿を見せた影は、大きな船の形をしているように見える。
 イマイチ状況が飲みこめず全員がその影を見たままぱちくりと目を瞬かせた。その間にも船は速度をそのままにこちらに向かってくる。
 そしてハッキリと分かる位置まで迫ってきて、そこでようやくぎょっと驚いた。


「軍艦だ!」

「違う!宇宙戦艦だ!」

「いいえ!豪華客船よ!」

「どうして砂漠の中に豪華客船がぁ!?」

「あれも蜃気楼!?」


 サバンナの海を渡っているかのような船にぽかんとしてしまう。またさっきの巨大サボテンのようなものかと思いきや、豪華客船はザザザと音を立てて砂の中を突き進んでくる。
 どこをどう見ても本物の豪華客船にしか思えない。


「蜃気楼、じゃないッ!」

「うわあああああああ!!!!」

「ズェアアアーッ!」


 ヤマトの断定の言葉を合図に、私達一行めがけて砂の海を進んでくる豪華客船を間一髪で横へ地面に飛び避ける。
 地面に伏せたままいると、目の前でゆっくりと豪華客船が止まる。
 なんだろうとそのまま様子を見ていると船の甲板に逆光の影がひょっこりと現れた。


「ヌメェ?」

「ヌメモン!」

「あらかわいい」

「……そうかぁ?」


 影の正体は可愛らしくセーラー服を着てベレー帽を被ったヌメモンだった。その水兵風の出で立ちを察するに、どうやら客船の乗組員らしい。


「う……うう……」

「……ヌメモン!船で休ませてくれないか!?」

「ヌメェ……」


 苦しそうに呻くコロモンを見て、まさに藁にもすがる思いで太一がヌメモンに頼む。
 しかしそんな太一の必死の形相を見てもヌメモンはえぇ〜?と関わりたくなさそうに渋る顔を見せた。おめーの席ねーから!は堪忍したって!
 その望めない態度に太一が困惑していると、そこでミミが自信満々な態度で私達の前へ出る。


「ヌメモンのことならあたしにまかせて!」

「?」

「ヌメモ〜ン!あたしたちぃ、疲れてるの〜!この豪華船で少し休ませて!お・ね・が・い!ウフン」

「ヌ!ヌメェ〜……!」


 ミミはくねくねとお色気ポーズを取る。必殺、電光石火流し目!
 おねだりをしながらヌメモンにお色気を振りまいて見せつけると、案の定ヌメモンは目をハートにしてすぐに階段を下ろしてくれた。お役人さまありがとう!


「おお〜……!」

「ミミちゃんマジ天使!」

「エヘ!」


 流石はヌメサーの姫!どうもミミは汚物系デジモンによく好かれるようだ。
 そう言うと嫌がられるだろうから、感謝の意味も込めて拍手を贈った。ブラボー!スーパーブラボー!











 ミミのお手柄で豪華客船へ乗り込むことができたが、そこは紛う事無き豪華客船だった。
 豪華絢爛な刺繍の施されたカーテンやレッドカーペット、高級そうな彫刻や絵画などの備品の数々。ギラギラしたいかにも成金趣味で私の肌には合わないが、あまりのきらびやかさに思わず溜め息が出た。


「うわあ〜!」

「あはっ一流のホテルみたい!」


 みんなも思わず口を半開きにして、初めて見る光景に忙しなくキョロキョロと見回す。特にミミは目を輝かせてまるでお姫様気分というようにうっとりしていた。
 そんな様子だったが、次の瞬間ぱっと思い付いたようにミミと空は客室がある方へ駆け足で走りだした。


「シャワー浴びたい!」

「あたしも〜!ほら灯緒ちゃんも早く!」

「え?」


 走りつつ二人は私の両腕をそれぞれとって引っ張る。
 なんだなんだ、急に両手に花じゃないか。ふふふ、男性陣の皆さま方羨ましかろう。などとドヤ顔をかましていたがよく見ると二人は有無を言わさぬオーラを纏っていた。
 あれれ〜おっかしいぞ〜?二人の後ろに般若が見えるぞ〜?


「そうよ!早く行きましょ!」

「私プールの方が……イ、インプモン助けてーーー!」

「オ、オレ知らねー」

「誠に遺憾である」


 両手に花なんて可愛らしい状況ではなかった。
 ぽかんとしている男性陣とそそくさと隠れたインプモンをその場に残し、私は独房に連れて行かれるような思いでミミと空に連行されたのだった。



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