02 「なっ……なんじゃこりゃああああああ!」漂流?冒険の島!
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「なっ……なんじゃこりゃああああああ!」
クワガタ!?あの頭の形は多分クワガタだよね!?突然変異!?だからってでか過ぎないかいくら何でも!
――そう、私矢吹灯緒は気が付けばいつの間にか変な森の中にいて、気がつけば変なクワガタに遭遇し絶賛追いかけられている途中である。
あ、ギリギリ50字ダメだった。
ブォン!とやけにでかい羽音が真後ろから聞こえ、私は咄嗟に地面へ倒れるように伏せる。間一髪、地べたに張り付いた灯緒の上を真っ赤な巨体が通り過ぎていく。
一拍遅ければあの大きなハサミの餌食になっていたと思うと、途端にサーッと血の気が引くのが分かった。肝が冷えるとはまさにこの事だ。
膝を擦り剥いて痛い!慰謝料払いやがれコンチキショー!こっちは王様からお情けで貰う棍棒さえ持ってないんだぞ!
「せ、セーフ……!」
とりあえず無我夢中に這いずり回って巨大赤色クワガタの攻撃を避けることができたが、相手も折角の獲物を逃がすはずが無いだろう。
あんな巨大な怪物なんて生まれてこの方フィクションの世界でしか見たことが無いが、少なくともアレが生き物である以上狙った獲物は逃さないだろう、と空想からヒントを得る。
再び私を狙ってくるかもしれないと思い立つと同時に私は急いで立ち上がり、巨大赤色クワガタの姿を探した。
「あ、あれ?襲ってこない……?」
少し離れた場所にその真っ赤な目印を見つけるが、咄嗟に違和感を感じる。
森の木々から頭だけ見える巨大赤色クワガタは私の方へではなく、むしろ反対側へと木々を薙ぎ倒して飛んでいるように見えたのだ。
そう、まるでもっといい新しい獲物を見つけたような、我武者羅なその動き。
「って、それはヤバくないか!」
もしその嫌な予感が的中していれば居ても立ってもいられない、と後先考えずに地面を蹴る。
自分で言うのも何だが、他の人が襲われているとなっちゃあほっとけないタチでね。って歯を輝かせてキメてる場合でも無い!と、ひとりツッコミを入れながら灯緒は巨大赤色クワガタが立ち並ぶ木々を薙ぎ倒して作った新しい道に沿って走って追いかける。
遠くに見える赤い巨体を目指して足を動かしていると直後。こんな原生林のような鬱蒼とした森の中で、微かに何かが耳に届いた。
「こっちはダメだ!別の道を探すんだ!」
「べ、別の道って……!」
やっぱり!
残念ながら嫌な予感的中である。その微かに聞こえたものは、数人の年端もいかないくらいの男の子と女の子の声だった。
その二人の声の他にも沢山の足音が聞こえる限り、どうやら今巨大赤色クワガタに標的にされて襲われているのは団体さんらしい。
けたたましくガチンガチンとハサミを鳴らしながらゆっくり歩いている巨大赤色クワガタは灯緒の方には目もくれず、おそらく目の前にいるであろう見知らぬ子供達を標的にしているようだ。そっちに夢中でこちらには全くマークがない。
――ならば叩くなら背中を見せている、今がチャンスだ!
「だあああああああああーーーーっ!」
巨大赤色クワガタが木々を薙ぎ倒してくれたおかげで出来た、折れて鋭く尖った形になった木の棒を見つけ即座に拾うと、灯緒は巨大赤色クワガタの背中側から見える灰色の中央部――腹部の間接部分をめがけて振りかぶる。
虫は間接部分は甲よりもはるかに柔らかいはず。クワガタと同じようならそこが弱点かもしれない!
――と思ったが、相手も見た目より賢いらしい。
巨大赤色クワガタはそのまま振りかぶった姿勢の灯緒を、うっちゃりを組み合わせたような背負い投げでまるで弧を描くように見事に前へと放り出した。
擬音をつけるなら、まさしく「ぽーん!」といったようなマヌケな絵面具合である。よりによって崖がある方ですかーっ!?
「うおおおおおおおおおおっ!?」
「誰!?」
「うわっ!?」
「ぎゃあ!?」
巨大赤色クワガタの前方の宙へ放り出された灯緒は崖の端近くにいた一人の少年へと飛んでいき、そのまま突然のイレギュラーの登場に驚いていたその少年に派手に衝突する。
ゴン!と大きな鈍い音を響かせて灯緒の後頭部と少年の顔面が当たり、二人同時にその場に倒れ込んで今の痛みに涙を浮かべながら悶絶することに。これ脳細胞百万個死んだ!
「ぐえっ!――〜っご、ごめんね少年!顔爆破してない!?」
「いってぇ……っ!な、何が起こって……あ、お前こそ大丈夫なのか?」
「な、なんとかOK牧場」
フラフラと足元が覚束ない状態ながらもサムズアップする灯緒と少年――ゴーグルをした青い服の少年が立とうとするが、思ったよりダメージがでかく(主に頭への)中々平衡感覚が立て直せない為しっかりと立てない。なんとかして頭を押さえながら数秒かけてようやく立ち上がる。
そんな隙だらけでダメージを受けている私達二人をもちろん目敏い巨大赤色クワガタは好機として見逃さず、羽音を鳴らしながら私達の頭上を旋回して勢いをつけてから、灯緒とゴーグル少年めがけて突進するように一直線に飛んでくる。
――と、その時。
「太一っ!」
どこからともなく、可愛らしい甲高い声で人の名前を叫ぶ声が木霊する。
同時に、ゴーグル少年の足元にあった謎の桃色のボールのような塊が、まるでゴーグル少年を守るように巨大赤色クワガタに向かっていく。もちろんボールではなく、立派に目と口がついていて先程の声の主もこの生き物であるということだけは即座に理解できた。できたが、他の状況についていけない。
キエアアアシャベッタアアア!?なんなんだ、このちっちゃい丸い物体は!?
「ぷうっ!」
可愛らしい声と共に桃色の生き物は、その体の半分は占めるだろう大きさの口から無数の泡を吹き出して巨大赤色クワガタへと向かっていく。パチン!と音を立てていくつもの泡が巨大赤色クワガタの堅い甲に当たって弾けるが、それでは奴にダメージらしいダメージは全く無いらしい。
巨大赤色クワガタはそれをものともしない勢いで加速し、そのまま桃色の生き物を体当たりで弾き飛ばした。
「うわあああっ!」
「コロモン!」
弾き飛ばされた桃色の塊はそのまま宙へ放り出されてしまう。傍にいた少年――太一と呼ばれた少年は即座にうまく巨大赤色クワガタの下をすり抜けて桃色の塊をキャッチした。
待て、空気が読めなくて悪いがあの巨大赤色クワガタもだがその桃色の塊はなんなんだ!?新種の動物!?
そう一人で混乱しながら周りを見てみると、近くにいた他の子供達の足元や腕にも桃色の塊――コロモンのような生き物達がいた。
その沢山の小さな生き物達は再度迫ってきた巨大赤色クワガタに向かって、先程のコロモンのように飛び出していく。
「ぷうっ!」
謎の生き物達は同じようにあわを噴き出して攻撃するが、やはり巨大赤色クワガタには効かず先程のように体当たりで弾かれてしまった。
しかし、無数のあわ攻撃で巨大赤色クワガタはバランスを崩したのか木を薙ぎ倒しながら森の中へ倒れ込む。
「馬鹿野郎!なんて無茶を……っ!」
太一という少年はコロモンの元へ走り、ぐったりとしているコロモンを抱き上げる。聞こえてきたのはとても弱々しい声だった。
「だってボクは、太一を守らなくちゃ……」
「コロモン……」
紡がれたのはひどく弱々しい声だったが、それでもどこか強い意志を感じるものだ。
どうやらそれはコロモンだけでなく、他の生き物達も同じらしい。子供達を守ろうと敵に立ち向かって行った謎の生き物達はみんな地面に倒れこんでいた。
その小さな生き物達を子供達が急いで駆け寄り起こす。
「ピョコモン!」
「タネモン大丈夫!?」
「どうして、あんなことを……」
「トコモン!トコモンっ!」
「しっかりしろ、ツノモン!」
「プカモン、おまえ……」
――満身創痍。今の状況を言うならばその言葉が当てはまるだろう。
子供達がそれぞれ生き物を抱きかかえ必死に問いかける。
一体その生き物達がどういうものなのか、子供達とどういう関係なのか分からないが今この状況で聞くわけにもいかない。
そう考えていると、崖の反対側の森の中から再びあの巨大赤色クワガタが姿を現した。ハサミをガチンガチンと鳴らす鋭い音を響かせながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。とにかくあいつをなんとかしないとこの窮地は脱出できないようだ。しつこいヤツは嫌われるぞ!
「あいつまだ生きてやがるのか!」
「くそ!このままじゃ……!」
そう言って立ち上がり向き合うがこの小さな生き物達が動けない今、あの巨大赤色クワガタに立ち向かう術はない。
私がさっき拾った木の棒も放り出された時に手を離してしまいどこかにいってしまった。せめてそれさえあれば――とも思ったが、それがあってもあんな巨大赤色クワガタに勝てるはずなんてないのだ。
ということで。
「ようようよう!このクワガタ野郎!こんなちびっこ共虐めて楽しいかよぉ!?」
名付けて威嚇作戦!
ビシッと指を突き付けて言う私とは対照に、後ろにいる子供達はぎょっとしたりポカンとしたりしていた。これで逆上でもしてくれたらありがたい。んで隙を突いてうまく崖から下へドボン!が理想。
「それともあなたはそういったご趣味がおありで?いやぁ洒落てますなぁ!」
「ちょっお前何言ってんだよ!」
「あ、あんなのに言葉が分かるわけないじゃない!」
「どしたいかかって来ねぇか………え、そうなの?」
ついコロモン達が喋れるからこのでかいクワガタも言葉が分かるのかと思ったよ。やだちょっと恥ずかしい!穴があったらなんとやら!
「――行かなきゃ……!」
「え……?」
私を驚きながら見ていたコロモンは、巨大赤色クワガタを見ると同時に目の色を変えた。驚いて太一が抱えているコロモンに視線をのやる。
「その人に戦わせるわけにはいかない………ボクたちが、戦わなきゃ……いけないんだ!」
「何言ってるんだよ……!」
今にも太一の腕の中から飛び出そうとコロモンがじたばたと暴れる。それを行かせまいと太一は押さえた。
だがそれはもう遅く、コロモンの言葉を合図に他の小さな生き物達も子供達の腕の中で暴れだす。
「そうや、ワイらはそのために待っとったんや!」
「そんな……!」
バタバタとお餅が膨らんだような形の子が暴れ、赤茶色の髪の少年がその子を抑える。
「行くわ!」
「無茶よ!あなた達が束になってもあいつに敵うはずないわ!」
「でも行かなきゃっ!」
頑なに拒む水色の帽子をかぶった女の子の腕を押す、青い花を頭に咲かしている子。
「うう〜っ!」
「ボクもーっ!」
「オイラもーっ!」
大きな角を持つ子も、薄桃色の体の子も、茶色の哺乳類らしい見た目の子も、一斉に暴れだす。
「……タネモン、あなたも?」
「うん」
そして最後に、テンガロンハットをかぶった女の子が若草色の双葉を生やした子に不安げにたずねる。そして聞かれた子はしっかりと頷いた。
小さな生き物達みんなの真剣な瞳が子供達を射ぬく。そして次の瞬間、生き物達は子供達の腕から抜け出し、目の前の敵へと走りだした。
なんだなんだ、ちっさいなりしてやる気かこの子達は!
「行くぞぉっ!」
立ち向かっていく小さな姿を見て、子供達がその名を叫ぶ。
「ピョコモーーン!」
「モチモーン!」
「ツノモン!」
「トコモォーン!」
「プカモーン!」
「タネモン!」
「コロモォーーーンッ!」
――そして、光る。
みんなの、子供達の声が響きわたる。
それに答えるかのように、小さな生き物達を空から差す虹色の光が包んでいった。同時に子供達が持っている小さい機械のようなものからも眩しい光が溢れる。
一体今何が起きているのか、その場にいる全員がわからなかった。ただその生き物達の姿を見守るだけだ。
「コロモン進化!――アグモン!」
「ピョコモン進化!――ピヨモン!」
「モチモン進化!――テントモン!」
「ツノモン進化!――ガブモン!」
「トコモン進化!――パタモン!」
「プカモン進化!――ゴマモン!」
「タネモン進化!――パルモン!」
もう小さな姿は無く、光が去るとそこには大きく逞しく『進化』した姿があった。それは先程そこにあった姿とは全く異なる異形の姿だった。
「な、なんだ……!?」
「あれは……!」
「『進化』?」
「行くぞぉ!」
『進化』した生き物達は勇敢にも奮い立ち、再び敵に向かって走りだした。
アグモンを筆頭にクワガタに体当たりをかますように一斉に飛び掛かる。だが対するクワガタはその大きな鋏をひと振りし、軽々とアグモンを一蹴する。
「っこれくらい大丈夫!」
敵に弾かれたことで子供達は一瞬声を上げたが、それは余計な心配だったらしい。アグモンには大したダメージは無く、すぐに立ち上がった。
再びアグモンはクワガタに向かって走りだす。それを正面から見据えていたクワガタは直後、羽を広げ飛ぼうと構える。
「ポイズンアイビー!」
そこにパルモンが飛び立とうとしたクワガタの足を両手の蔓を伸ばして掴み、動きを封じた。身動きも取れずにバランスを崩したクワガタにパタモンとテントモンがそれぞれ必殺技を畳み掛ける。
「エアショット!」
「プチサンダー!」
空気弾と電撃を同時に浴び、更にバランスを崩したクワガタの足元にゴマモンが素早く転がりながら滑り込み、片足を引っ掛けて確実にクワガタはバランスを崩した。
よろめく隙だらけの今が好機だ。
「みんな離れろ!」
その好機を逃がすまいと目敏くアグモンが合図をすると、ガブモンとピヨモンと共に一斉に口から吐き出した高エネルギー球の攻撃をクワガタめがけて撃ち出す。
「ベビーフレイム!」
「プチファイヤー!」
「マジカルファイヤー!」
「よし、もう一度だ!」
アグモンはクワガタが怯んだのを見逃さず、再び攻撃を敵にぶつけた。全員の攻撃を正面から全て受け、クワガタは一度大きく雄叫びを上げるととうとう森の中へ姿を消すように倒れていく。
子供達は今目の前で起こったことやこの光景にただ唖然としていた。それもそうだ。あんなに小さな生き物達が強く『進化』を遂げ、こんなにも簡単に敵を撃退したのだから。
太一は驚きからみるみる嬉しそうに表情を変えた。
「……や、やった……」
「太一ぃ〜!」
「うわぁ、すげぇ!お前凄いぞ!よくやったっ!」
見事、輝かしい勝利をおさめたアグモン達がその顔に満面の笑みを浮かべながら一斉に子供達へと駆け寄る。アグモン達も敵を倒すことができ心底嬉しいようだ。否、子供達を自分達の力で守ることができて嬉しいのだろう。
いやはやそれにしても、
「カッコい〜〜いッ!」
「えええ?」
私はあまりの感動に目を輝かせながら、グワシッと勢い良くアグモンの手を掴む。キラキラと星を飛ばす私とは反対に、アグモンと太一は私の謎の行動にポカンと口を開けている。
何、気にすることはない。心からの思いのままの行動なのだから!
「進化とかカッコよすぎるだろっ!そしてそのチームワークの良さ!いいよ!君たちいいっ!なんという熱い展開、燃えるっ!」
「あ、ありがとー?」
一体どこの監督だ、とでもいうように口から次々と出てくる賞賛をそのままに熱く語ってしまう。だって本当にカッコイイんだもの。これを鼻息荒く語らずしてどうする!それでもってアグモンくん照れんなよ、かわいいな!
「それよりさ、お前は――」
「あっ!太一!」
突然の大声にハッとして反射的に振り向く。その一瞬の間にも既に気付くのが遅かった。安心するのはまだ早かったのだ。
水色の帽子の女の子の声に釣られて巨大赤色クワガタに視線を向けると、仰向けに倒れていた巨大赤色クワガタは再び立ち、こちらを睨みつけているように立っている。なんてタフガイなんだ!ガイなのかは知らないけど!
ここにいる全員がどうするか、どうしてくるのかと判断に迷っていたその隙を狙うように、巨大赤色クワガタはよろめきながらも少し前進する。そして最後の力を振り絞るように大きく振りかぶり――地面にその巨大なハサミを突き刺した。ハサミを中心にしてバキバキと鋭い音を上げながら周囲の岩肌に亀裂が走り、その亀裂はまるで崖の先の方に固まっていた私達を取り囲むようにヒビ割れていく。
そして最後、一際大きな岩の砕ける音がした瞬間、私達の足元は消え、体は宙へ投げられた。
そう、ここはまさに崖っ淵。――崖が崩れるだけにってね。ンマーーーイッ!その美味さメジャー級!
「うわああああーーっ!!」
「きゃああああーーっ!!」
「この虫野郎ォォォ!」
足元の崖がヒビ割れて崩れ落ちてゆく最中、それぞれの子供達の悲鳴が聞こえる中、私もクワガタには一発殴りたかったなあ、と思いました。まる。作文か!
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