digimon | ナノ

04 「貴様!宍戸梅軒と知っての所業か!」エテモン!悪の花道

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「お〜い!灯緒ー、インプモーン!」

「アグモン!生きとったんかワレ!」

「灯緒もね!?」


 暫くして、アグモンが仲間達全員を連れて洞窟に到着した。
 良くやってくれた、君には名誉ある『大変よくできましたで賞』を贈呈しよう。

 やっとこの場に全員が揃ったことに安堵する。やはり仲間達全員が一緒だと随分と心持ちが軽くなる。
 私に寄りかかっていたインプモンはみんなが来るとわかると直ぐ様離れて立ち上がった。仲間達にでも弱っている所は見られたくないらしい。
 そんなことはいざ知らず、トコモンを見るなりタケルが嬉しそうにトコモンに駆け寄った。


「トコモン!良かった無事だったんだ!」

「タケル、心配かけてごめん!」


 トコモンも檻から飛び出しタケルの腕に収まる。
 心から嬉しそうな笑顔の2人を見るとこちらも嬉しくなった。守りたい、この笑顔。
 空は2人を見届けながら、その横を通り奥のコロモン達の檻の鍵を開ける。


「パグモン達は全部逃げたわ!もう大丈夫よ」

「ありがとう!」


 扉が開けられるとコロモン達がわらわらと檻から出てきた。これで不安の種は無くなった、と一瞬思ったが。

 いや、まだある。
 結局ガジモン達は逃げ延びたはずだ。そもそも、最初は3匹居て内1匹が昨夜の内に何処かへ去っている。
 そうなると恐らく奴等の親玉であろう『エテモンさま』とやらがガジモンから聞いて私達を探しに来るに違いない。
 そう考えを廻らせていると、私を見た丈がひえっと声を上げた。


「ひいいっ灯緒くん!?それ、血……」

「一体どうしたんだよ、その傷!?」


 どうやら丈は血が苦手らしく、一気に青ざめてふらっとした。そしてその声でつられて私を見たみんながぎょっと目を丸くする。
 私の背中には隠そうとも隠し切れない大きさのパックリと割れた3本線の傷が刻まれている。
 血が服に滲んでいて一見かなり痛々しいことこの上ないが、それほど深い傷ではないのが不幸中の幸いだ。
 勿論、まだ結構な痛みはあるが。それは私の勉強料として甘んじて受けているのだ。と、強がっておく。


「ああ、言わば名誉の負傷よ。なあにちょっと野暮用でね」

「ちょっと、で済ませられる程度の傷じゃないわよ!馬鹿なこと言ってないで、すぐに手当てするから!ほら上着脱いで!」

「男子はむこう向いててー!レディが治療中なのよ〜〜〜っ!」

「えっ!?は、はい!」

「す、すまんっ!」


 また無茶をしたのね!とぷりぷり怒る空と、威圧感を漂わせるミミがまるで空の助手のように並び、2人で私を囲む。
 諦めろと言わんばかりの表情のインプモンは離れ、真っ青な丈は血を見たせいで気絶寸前、そして他のみんなはミミの一喝で素早く反対方向へ向いてしまった。
 とても助けを呼べるような状況ではない。

 たたかう どうぐ ▼にげる
 逃げられない!


「いや本当にそんな心配せずとも、あ痛ああああああああ!!!!お客さまの中にお医者さまはいらっしゃいませんかああああああああ!!!!」

「いらっしゃるから大人しくしなさい!」


 空が急いで救急セットを取り出して応急措置をしてくれる。空の優しさには涙が出るほど嬉しいが、消毒薬が傷に染みて涙が出るほど痛い。
 ひいひいと涙目になりながら悲鳴を上げると、この場の全員が心配そうにしていることに気付いて息を呑んだ。
 心配されるのは落ち着かない。
 私のことより自分や他の人に気を回して良いのにと、そう思ってしまう。
 謙遜も行き過ぎだの卑屈だのと言われようが、そう思ってしまうのが私だ。


「来る途中でアグモンから聞いてはいたけど……」

「なんだってそんな無茶をしたんだよ」

「灯緒さんはいつも無茶しますからね……」

「ははは、まぁ私だからね!」


 私に背を向けこちらを見ないようにしている男性陣の呟きが聞こえた。
 無茶と無謀と笑われようと、意地が支えの喧嘩道!
 そういつもの調子で言い切れたら良かったのに、そんな啖呵は今はただの見栄っ張りで笑い種だ。
 この短期間に色々なことが起こったのだ。もともと頭が弱いのに殊更今は正直頭がついていけてない。でも心配なんてものはかけたくない。
 こんな時こそ、困った時こそ笑えばいいのだ!これでいいのだ!


「もう、笑い事じゃないのよ。こんな怪我して……」

「僕、本当に心配したんだよ」

「あんまり一人で無茶すんなよ。俺たち仲間なんだからさ」

「――――」


 真剣な声音に思わず笑ったままの表情で固まる。
 その言葉達はとても優しくて眩しく感じてしまう。
 きっとそう言ったみんなは本心から素直に出た言葉なのだろう。
 ならば素直に受け止めればいい。
 だがそれはひどく優しいのだが、私にとっては猛毒だ。毒であり、甘やかすのだ。
 ……それだけは駄目だ。


「…………いや、つまり万物は無常」

「なんか灯緒ちゃんがブツブツ言い出した……怖い……」

「大人しくなってくれて何よりだわ」


 雑念を払おうと宇宙と交信している間にも空はテキパキと消毒を済ませ、傷口にガーゼを貼っていく。
 最後に包帯の代わりに破れた上着をその上に巻きつけてしっかりと固定する。不格好だが今は仕方がない。


「はい、出来たわよ。大丈夫そう?」

「パーペキ!空ちゃんありがとう、それで保険の件なんですけど」

「ふふ、うちには保険ありません」


 闇医者だこれー!仕方がない、素晴らしい処置とは変えられまい。それが聞きたかった、とタダにしてくれないだろうか。アッチョンブリケ。
 そうして応急処置を済ませ、やっと全員に向き直る。お待たせして申し訳ない。


「それで、一体なにがあったんですか?」

「いやあ、それが実は某デジモンくんと一戦交えたもんで」

「あっ!そうだ、ガジモン達はどうしたの?」

「……ああ、まぁ、な」


 アグモンが思い出したようにインプモンに聞くとばつが悪そうに視線を外す。
 私もインプモンと気持ちは同じだ。どうもみんなにデビモンに進化したとは言いにくい。以前私達にあれだけ恐怖を植え付けたあのデジモンになっただなんて。
 記憶はまだ新しいのだ。もし言ってしまった時のみんなの反応は少なくとも良いものではないだろう。
 みんなの反応がどんなものか全く恐ろしいわけではないが、わざわざ今そのことを言って無駄に不安がらせることもない。今はガジモン達とまだ見ぬ新たな敵のことだ。


「そっかあ」

「それよりエテモンのことなんだけど、どうやらガジモン達の親分的存在が――」

『あーもしもしィ?』

「なんだこの声は?」


 先程考えていたエテモンについての考察を言おうと口を開けば、突如まるでマイクを通して放送しているような音で聞いたことのない声が大音量で辺りに響いた。まさかこれは。
 急いで洞窟の外へ出ると巨大に映し出されたサングラスをかけたストレッチマン猿――おそらく「エテモンさま」だろう、そのデジモンがいた。
 噂をすればなんてレベルではない。こんなにも早く遭遇してしまうなんて運が悪過ぎる。もしかして私何か憑いてるの?
 エテモンは陽気な声でマイクを掲げ言い放つ。


『選ばれし子供達!聞こえるぅ?』

「エテモンだー!」

「貴様!宍戸梅軒と知っての所業か!」

『あらっ!?選ばれし子供達じゃないのぉ!?』


 そっちはこっちの声なり何なりが聞こえてるのだろうかと思い適当に叫んでみると、エテモンは即座にガーン!と芸人張りのオーバーリアクションをする。
 なんでガジモンといいエテモンといい悪そうなデジモンなのにこんなノリがいいんだ。
 そしてエテモンはそれはそうと、とさらりと話を切り替えた。あやつ、手慣れておる。


『よくもアチキをコケにしてくれたわねぇ!腹が立っちゃったから、この村ごと消滅させてあげちゃうわ!』

「村ごとだって?」

「そんなこと、できるわけが……」

『ダークネットワーク!』


 高々とエテモンが叫べば、地面から謎の黒い線状のようなものが浮かび上がる。
 そしてその線状のものからバリバリと鋭い音を響かせながら黒い稲妻が弾きだし、エテモンの宣言通りコロモン達の家を次々と消していくのが見えた。
 これまでに見たことがないと即座に分かる程の凄まじい威力だ。エテモンはふざけた成をしているにも関わらず恐ろしく強い。
 無慈悲に壊されていくコロモン達の家に困惑していると、目の前の滝壺にエテモンの稲妻が落ち私達に激しい水飛沫が降りかかる。
 それにより我に返ると体にかかった水を払って、第一に空が全員に声をかける。


「みんな!進化よ!」

「わかった!」

「ガブモン進化!――ガルルモン!」

『そうはさせないわよ!ラブセレナーデ!』


 すぐにヤマトとガブモンが私達の前に飛び出しガルルモンへと進化をする。
 だがエテモンはどこからか取り出したギターをジャランと鳴らすとノリノリで歌い始める。なんというエテモンリサイタル。


『イヤアアアアオオオオ!ラーヴラーヴラーヴ――――……!』


 気持ち良さそうに思いっきりシャウトするエテモンの歌が始まり、耳に痛い音楽が周辺の山や森に響き渡る。
 すると進化したばかりのガルルモンがすぐガブモンへと元に戻ってしまった。次々に進化しようと臨戦態勢だったデジモン達はへなへなとその場にへたり込む。
 もしや、エテモンのあの変な歌の必殺技の効果だろうか。驚いてデジモン達に目をやる。


「どうしたんだよみんな!」

「力が出ないんだ……」

「ラブセレナーデは戦う気力を奪ってしまうんや……」


 ぐったりとしながらテントモンが答えた。
 もしそうであるなら、あの歌を歌われてしまった以上こちらからは何も手出しが出来ないではないか。
 進化も出来ずにあの破壊力を持つボス猿を倒せるとは到底思えない。


「何か対策はないんですか?」

「今のまんまやと無理や……もっともっと進化せな」

「ガルルモン以上に進化しろってことか」

「だからゲンナイさんはタグと紋章を手に入れろって言ったのね……」

「今更そんなこと分かっても遅いよ!」

「うわああああ!!」


 なるほど、ゲンナイの思惑が分かった。
 それだけサーバ大陸にはエテモンのような強敵がわんさかいるのだろう。弱いままだと犬死だ。
 そうこうブレーン組達が言っていると、丈の叫びと共に激しい音を立てながら洞窟の入り口が崩れ始めた。
 ここに居ては巻き込まれて危険だと、みんな急いで洞窟の奥へと避難する。
 すると今までずっと不安げに静観していたコロモン達が急に私達に声をかけた。


「みんなこっちー!」

「コロモン!」

「おい、走れるか?」


 そう言いながら洞窟の奥深くへと走り始めたコロモン達の後をついていく。引き返せない以上今はこの子達を信じるしかない。
 走っていくみんなを見てインプモンが心配そうに尋ねてくるが、できないなんて言っている場合ではない。頷き、立ち上がると一歩一歩確実に前へと足を進ませる。しかし走る度その振動が傷に響いてしまい思わず立ち止まりそうになる。
 ここでもたもたしている訳にはいかないのに、鋭い痛みが私の想いと裏腹に邪魔をする。それが歯痒かった。
 そんな私に気が付いてくれたのか、すぐ前にいたらしいヤマトは私の手を取って引いた。


「灯緒、大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ハッ!女子受けか!?女子受けを狙ってるのか!?」

「な、なんの話だ?」

『あーっはっはっはっは!』


 あざとい!流石イケメンあざとい!
 後ろからわんわんと聞こえてくるイケメンとは遠くかけ離れているエテモンの勝ち誇った笑い声も徐々に遠くなっていく。

 コロモン達を先頭に真っ暗な洞窟の先を少し走ると不意に行き止まりに当たった。
 暗闇に慣れてきた目を凝らして見てみると、その壁一面には不思議な模様が描かれている。


「あ、ここは?」

「村に何かあった時はここから逃げろって言い伝えがあるんだ!」

「この模様は……」


 コロモンの声もそのままに、太一はまるで引き寄せられるように壁へ近付いた。すると、太一のタグが何かに呼応するように光りを帯び始める。
 服の下からタグを取り出すと、辺りの壁一面が同じく一層眩いオレンジ色に光りだす。
 二つが呼応するように、目の前の模様が描かれた壁が光りながら小さくなっていった。神秘的でいて温かい光を放つ、太陽のような模様が太一の前にふわりと降りる。


「これは……紋章だ!」

「なんだと?」

「紋章がこんな所にあるなんて……」


 宙に浮く紋章がひとりでに太一の胸のタグに納まる。タグに今の太陽の模様の描かれたプレートが入っている。
 まさかこんな所で紋章を見つけることが出来るとは思ってもいなかった。偶然としても凄いことだ。
 神妙にタグを見つめていた太一の顔がみるみる内に嬉しそうな笑顔になった。


「紋章が手に入ったんだ!」

「やった!」

「おめでとう太一!」

「見て!」


 紋章の壁が消え、その壁の先はぽっかりと外へ続く穴が開いていた。
 眩しい光に目を眩ませながらも先を覗くと、外に緑が生い茂っているのが見える。
 山の反対側にでも出たんだろうか。にしてはとても穏やかで静かな気が……。


「ああっ!」

「こ、ここは?」

「ボク達の村からずーっとずーっと遠くにある山の中だ」

「ということは……」


 トンネルを抜けるとそこは、山でした。普通か!
 一面山だらけの風景を見てコロモン達がそう答える。
 その言葉に全員がぱあっと表情を明るくする。


「じゃあ、助かったんだ!」

「そうみたいだな!」

「良かったあ!」

「紋章だ……。ついに手に入れたんだ。こいつさえあればエテモンなんか怖くないぜ!」


 助かったとみんなは歓声を上げ、真っ先に紋章を手に入れることができた太一は決意を新たにというように紋章を握りしめた。
 とりあえずの所はエテモンから逃げれたようだし紋章も手に入ったしで中々に幸先の良い出だしだ。本当にコロモン達に感謝をしなければ。
 しかし打倒エテモンに向けて気合を入れるのもいいが、恐らくエテモンはすぐにでも追いかけて来るだろう。
 その場に長くは留まれないがやはり戦うエネルギーは沢山蓄えておく必要がある。
 それに、走ったお陰で私もまた随分傷の痛みが出てきてしまった。そんなことでは治るものも治らない。
 満場一致でしばらくの間ここで休むことになった。

 自分がどうするべきかはまだ分からない。
 この容要領の悪い小さな頭で沢山の色々なことが目まぐるしく充満する。
 でもこの傷は誰にも渡さない、私だけの一人で抱えた痛み。
 たった一つだけわかること。それは私自身が痛みに対してどのような結論を出すのか、出さなければこのままではいけないということ。
 笑顔のみんなの顔を遠目に見ながら、そうやって私は脳内会議を何度でも繰り返す。
 ぎゅっと拳に力を込めた。


「……灯緒、いつまで手握ってるんだ?」

「ファッ!?」



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