03 「あぁ……ガジガジくんか……」エテモン!悪の花道
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青々と生い茂る藪をかきわけて、先程パグモン達が捜していたという山の中の滝まで辿り着く。
その道中で聞き覚えのある声が聞こえてくると思えば、滝の前に先客がいた。
「おーい、灯緒ー!トコモーン!」
「……お前こんな所にいたのか」
「あ、インプモン」
きょとんとした顔でアグモンはこちらを見る。
どこへ捜しに行ったのか村の中で見かけないと思えば、こんな遠くまで捜しに来ていたのか。
しかしアグモンはすぐ視線を反らした。余程気になる事があるのか忙しなく鼻を鳴らしている。
「村のあちこちにわずかだけど懐かしい匂いが漂ってるんだ……」
「何のだよ」
「この匂い……間違いない!コロモンの匂いだよ!」
確信したようにアグモンは断言すると一直線に滝の裏へと走っていった。その後をオレもついて走る。
2匹で裏側を覗いてみるとその滝の裏は深く暗い洞窟があり、そこには不似合いな檻が並んでいる。
「あっ!」
「アグモン!インプモン!」
「トコモン!」
嬉しげな聞き覚えのある声が洞窟の中から響いた。
暗闇に目を凝らして見ると置かれた檻の中には、縄で縛られたトコモンが転がっていた。
――自分の目は、思考は、正常に機能しているだろうか。
その檻の横には――、
「灯緒ッ!!」
「ええっ!?」
「おい……お前、なんだよその傷……!」
突然自分の名前が聞こえて目を開ける。
何故こんな堅い地面の上で寝転がっているのかと一瞬自分の状況が分からなかった。
そうだ、ガジモンの攻撃がまともに当たったんだ。それで気を失って、そして――。
外を見ると明るさで目が眩んだ。
どのくらい気を失っていたんだろうか。みんな捜してくれてるんだろうか。もしそうであったなら結局私は何もできないままみんなに迷惑をかけてしまった。
そう気付いた途端、込み上げてくるものは後悔。何とかしようとしたのにこんなことでは「役立たず」と烙印を押されてしまう。
そんな考えが頭を過った。
「……あ、イン……いっ!」
うつ伏せになっている自分の体を起こそうとすると、背中の痛みで仲々腕に力が入らない。
駆け寄ってきたインプモンに支えられながらゆっくり起き上がる。これはもう少し休まないと駄目だなあ。
逆光になって影を落とすインプモンの顔を見上げると、目を見開いて今にも涙の粒が零れ落ちそうだった。
ああ、そんな顔をさせてしまった。本当に情けない。
「大丈夫。見た目よりそんな酷い傷じゃないよ、情けないけどね」
「灯緒……なんでだよ……!なんで一人で行ったんだ!」
情けないと思いつつ、心配かけまいと無理矢理笑えばインプモンの表情が変わった。
途端、インプモンが捲し立てる。震えて裏返る声で、私の胸倉を掴んだ。
「お前はもう少し賢い奴だと思ってた!だけど、お前はただの馬鹿だ!自己満足じゃ誰も幸せになんかならねぇ、お前がもし……もし死んじまったら!何にもならねぇだろーが!」
正論だ。
努力することと無理をすることは違う。
そして、先を見ないでただ突っ込んでいくのは愚か者のすることだ。
仲間達とは違いまだ弱いままの私は一人で行動すべきでは無かったし、安心して寝ているみんなを起こすのに気が引けて出来なかったがまずみんなに知らせるべきだったのだ。
全ては私の判断ミスが招いたこと。自業自得だ。それは重く私に突き刺さる。
インプモンの言葉に反論なんて、できるわけがない。
「待って、インプモン!灯緒はボク達を助けようとしてくれたんだ!その傷はガジモン達に……」
「コロモン!どうしてみんなこんな所に閉じ込められてるの!?」
溢れる言葉に制止がかかる。それは洞窟の奥からいくつもの声で聞こえる。
奥には同じ檻があり、その中には沢山のコロモン達が閉じ込められていた。そうだった、この子達も早く檻から出してあげないと。
アグモンはコロモン達に気付くと驚いて檻に駆け寄った。
「ここは本当はボク達の村なんだ!」
「2、3日前にパグモン達がやってきて村を乗っ取ったんだよー!」
「ええっ!それじゃアイツらは……」
「大嘘つきの悪い奴らなんだ、早くみんなに知らせなきゃ!」
「わかった!今すぐ出してあげるからね」
「おっと、そうはいかないぜ!」
コロモン達の話、やはりそうだったのか。
頷いてアグモンが鍵に手をかけた直後、洞窟の入り口の方からまた別の声が聞こえた。
見上げるとそこには昨夜に会ったあのガジモン達二匹が立っている。
ここで会ったが100年目、と言いたいところだが生憎体が動かない。
「あぁ……ガジガジくんか……」
「誰だよそれ!?ガジモンだ!」
「選ばれし子供達はエテモンさまに差し出すことになってんだかんな!」
「エテモンだって?」
「お前等はここで始末してやるぜ!」
「お前……お前らか……!」
昨夜も聞いた『エテモンさま』とやらはガジモン達の親玉的存在なのだろう。
何故私達を狙って来るのかは分からないが、どうやら当面の敵は奴らしい。
なら、ただその辺に転がっている場合ではない。そう思い立ち上がろうとすると、インプモンが私を庇うように立ち上がりガジモンを睨みつける。
そしてインプモンは隣に並んだアグモンに視線を向けず言い放った。
「アグモン、お前はみんなに知らせに行け!」
「ええっ、でも!」
「いいから早く行け!」
「私からも、頼む……アグモン!」
「……わかったよ!待ってて!」
インプモンの鋭い声に続き私も視線を送ると、アグモンも考えに頷いて駆け出した。
ここで私の二の舞いなんてしてはいけない。それにアグモンは太一が近くにいない為、進化は出来ないはずだ。ここは冷静に、アグモンにみんなの所へ応援に行ってもらおう。
企みに気付いた1匹がアグモンを追おうと走り、アグモンめがけて口から霧を吹き出した。
「てめぇ、どこに行くつもりだ!パラライズブレス!」
「ナイトオブファイヤー!」
「うげえっ!」
「お前らの相手はオレだ!」
素早くインプモンが炎弾を飛ばしガジモンの片足に命中する。
その衝撃でガジモンが転けているその間に、走り去るアグモンの姿は林の中に消え見えなくなっていた。
それに気付き、転んでいたガジモンが起き上がり、苛立ちながらインプモンに振り返る。もう一匹も並んで対峙する。それに対しインプモンは全く怯みも見せず、怒りを露わにした目で睨み返した。
相手に有利な2対1の構図。どっちに転ぶか分からないこの勝負。
私は歯を食いしばりながら立ち上がり、インプモンに近付く。
「インプモン!私も……」
「うるせぇ、お前は下がってろ!ここに医者は居ねぇんだぞ!」
「だからって、大人しく引き下がってられるか!」
「うるせぇッ!黙れよ!」
インプモンの言うことは最もだ。こんな怪我人がその場凌ぎで粋がった所でただの足手まといでしか無い。
しかし1人静観することはできない。
――嫌な気がするのだ。
先程からどこかぞわりと鳥肌立つような、冷たい空気が漂っているかのような、そんな気が。
「てめぇらは、絶対に!絶対に許さねぇ!」
「……これは」
――まさか。
叫ぶインプモンの体が光り出す。
同時にポケットの中のデジヴァイスからも光が放たれた。取り出して見ると、今までに何度も見たみんなのデジヴァイスと同じ反応が現れている。
だがそれは、今までに幾度と見た進化の光とはどこか違う、ゾクリと寒気のするような光だった。
私はただ前ばかり向いて走ることに必死で、何も見えていなかったのだ。
だからこそ、じわじわと侵食するそれに気が付けなかった。
私もインプモンも、弱っていたことに。
「………………インプモン?」
呼びかけに答えはなく、そのまま光が収まる。
小さなインプモンの姿は消え、代わりに光から姿を現したのは――大きく広げられた黒い翼。
「……デビ、モン……」
数日前に私達と戦い、そして犠牲の元にようやく倒れた最凶の敵。
そしてインプモン自身の最大の敵であったデビモンの姿がそこにはあった。
どうして。なんで。よりにもよって。
混乱と言うには単純な疑問しか浮かんでこない中、ああ、皮肉ってこういうことなのか。そう思った。
「――――――ッ!!!!」
「うわあああ!」
「ひいいいッ!」
インプモンが、デビモンが低く咆哮を上げ、その長い両腕でガジモン達を鷲掴みにする。
そのまま持ち上げギチギチと締め付ける音が聞こえるほど強く掴み、ガジモン達が情けない悲鳴を上げた。
それを見下ろすデビモンの目は正気を保っていない。その寸分も正気の無い恐ろしい眼に、ガジモン達は目に見えるほどガタガタと震え始める。
豹変した進化と圧倒的な力の差をこれでもかと見せつけられる。ガジモン同様私も状況が飲み込めないまま視線も反らせずデビモンを見ていたが、そんなことをしている場合ではない。
仲間達のデジモンの進化のように進化後も同じデジモンであるはずなのに、目の前の暴れるデビモンがあのインプモンだと思えなかった。
「イ……インプモン!インプモン、やめろ!」
「た、助けてくれぇっ……!」
「インプモンッ!」
「―――――ッ!!!!」
「ぎゃあああっ!?」
制止の声も届いていないのかデビモンは振り向きもしない。
デビモンは更に両腕に力を込め、そしてガジモン達が鋭い悲鳴を上げる。その悲鳴でぶるりと体が震えた。
前に2人で楽しみにしていた念願の進化がこんな形で成就するなんて。イレギュラーな存在は不幸なのが定番なんだろうか。そんなこと、あってはならない。あってたまるか。
このままではいくらインプモンが暴走して我を失っているとしても、とんでもない荷物を背負ってしまう。
それだけは駄目だ、絶対に止めなければ。
「聞こえるはずだ!お前がまだインプモンなら、必ず!」
暴走するデビモンの片足にしがみつく。振りほどかれないように全力で腕に力を込めると、背中の傷が再び鋭い痛みを生み出す。
きっとまた血が流れたのだろう。多くを望んだ私への当然の罰だ。
歯を食いしばり痛みに耐えながら暴れるデビモンの足を掴み続ける。するとようやく私の存在に気付いたのか、デビモンの動きがピタリと止まった。
「うぎゃッ!」
「エ……エテモン、さまに……報告だ……っ!」
力が緩んだデビモンの掌から圧死寸前だったガジモン達が地面に落とされる。ようやく解放されたガジモン達は、その無残なボロボロの体を引きずるようにして急いで洞窟の外へ出て行った。
それを無言で見送って、ようやくぽつりと溢す。
「……インプモン、悪魔になんてならなくったって大丈夫だ。君が言ったような私で在れるように頑張るから。だから――」
「………………」
酷く痛むこの傷が私の弱さを戒めてくれる。本当に大事なものを思い出させてくれる。
だから、と言葉を紡ぐと、棒立ちのデビモンの血濡れた腕がゆっくりと降ろされた。その様子ではもう暴れはしないだろう、しがみついていた腕を解く。
デビモンはそのままゆらりとこちらに振り返ると体が再び光り、光が収まるとインプモンの姿に戻った。
インプモンはふらふらと覚束ない足取りで私の元に来て座り込む。
「インプモン」
「……灯緒……灯緒、大丈夫か?」
「うん、インプモンこそ……大丈夫?」
「オレは平気だ……少し、疲れたけど……」
余程体力を消耗したのか、インプモンはゆるゆると頭を振ると私に体を預けた。
ぽつりと零すように言うインプモンの言葉に、相槌をうつ。
「お前は、誰にも助けを求めずにいつも一人で進んで行っちまう……もっと自分のことを考えろ……そうでないと、いくつ命があったって足りねぇ……」
「うん。ごめん、インプモン」
一瞬、デビモンへ進化した事を怖く思った。
そんな自分の思考に嫌気が差す。自分が頭のどこかでそう思ってしまったことがショックだった。
だって中身は全然変わらない、ただの相棒なのに。そう直ぐに言い切れなかった自分の弱さを思い知った。
これを何もなかったことにはできないし、後戻りだってできない。
過去の愚かしい幻影に翻弄されていることが悔しくて、どうしようもない支離滅裂の悪循環が私の中を支配した。
背中の傷よりも、ずっと胸の方が痛むのだ。
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