01 「エマージェンシーエマージェンシー!」冒険!パタモンと僕
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白い空間があった。
そのなかに紅がひとつ。ぼんやりと私はそこにただ立っていた。
ここは知らない場所?いや、違う。昔からとても馴染みのある、私の場所だ。
そうだ、私の家だ。
この狭い空間が私の城だった。暖かい唯一の居場所だった。いつもここで待っていた。
何を?
窓から射し込む光は暖かく心地よいもので、光で真っ白なカーテンがふわりと風に揺れた。ギィ、と古びた音が静寂に響く。開いた扉の前に立つのは、
――久しぶりだね。
――相変わらず元気そうで何よりだ。
――それだけが取り柄だから。
――お前は変わらないな、何も。
変わらない?
そんなはずはない。私は変わった。私は変われたはずだ。あんな私は捨て去った。今ここにいるのは。
――お前だろう?変わらない。何も変わってない。たとえ上辺だけ変わっても俺の目は誤魔化せねぇぞ。
お前は、お前だ。
いくら変わったと思ってもあなたには見抜かれてしまうのか。
……いや、そうかもしれない。自分に言い聞かせているその心の奥底ではまだあの思いが燻っている。それは今までもこれからも、ずっと同じなんだろう。
まだ私は自分が許せない。強くありたい。人を護れる強さが欲しい。人に勇気を与えられる人になりたい。上を見続ける情熱を抱いていたい。
あなたのように。
伸ばした手が繋がれる。
一回り大きな手。ゴツゴツした傷だらけの手。温かくて安心する手。手を繋いでいるこの瞬間が大好きだった。
手が、解かれた。
ふわり、とどこからか漂ってきた沢山のシャボン玉のような泡が辺りに浮かぶ。虹色に反射するシャボン玉は、まわりの風景と私達をその球体に映した。泡がふわふわと漂う中、次第に目の前の姿は薄れていく。
――もう行くの?まだ、まだもう少しだけ。
返事は白い空間に消えた。
「待てっつってんだろが耳詰まってんのかゴルァアアアアアアアアアアッ!」
「うおっ!?」
思わず叫んで飛び起きた私の目に入ったのは、驚いた表情のインプモンと青一色だった。ちなみに私とインプモンがいるこの真っ白な柔らかい物はベッドだ。
ええっと、ナズェコウナッテルンデェス?
「……あるぇ?ここどこ?私はだぁれ?」
「空の真っ只中だ。遅い目覚めで何よりだこのばか」
わたち、お空を飛べるのよ〜。じゃなくて。
そうだった、夜に襲来してきたデビモンによってファイル島も私達全員もバラバラにされてしまったんだった。
今みんなは一体いずこに……デビルマンめ、許すまじ!
「じゃあ何か、あれからずっとお空をふわふわ漂ってるわけか?遭難?遭難しちゃってるの?遭難です?」
「なんだ分かってんじゃねーか」
「わーいインプモンに褒められたーてへへーってなんでお前はそんな冷静やねん!今流行りのクールビズ!?」
「こんな狭い所で暴れたってしゃーねぇだろが。大体落ちたらどーすんだよ。お前と違ってここが違うからなここが」
「うっぜぇ!こいつうっぜぇ!腹パンしていい?」
頭を指差しながら憎まれ口を叩くインプモンは元気そうだ。私はいつの間にか寝てしまっていたが、様子を見る限りではインプモンも多少の睡眠を取っていたようだ。
私に掛け布団が掛かっていたのはインプモンがしてくれたのだろう。全くツンデレめ、感謝感謝。
さて、私達は何もなく無事だったが他のみんなは無事だろうか。
太一以外はベッドに乗せられたままどこかへ飛んで行ってしまったし、太一もレオモンに海へ落とされてどんぶらこっこと流されてしまった。
みんな無事であってくれと願うと共に、早く合流しなければと頭を働かせる。
「あっ!インプモン見て見て、島が近いよ」
「ファイル島から離れた島の方だな」
考えながらベッドから下を覗くとすぐ傍にまで迫ってきている小さな浮島があった。
遠くを見ると鋭利な山があり、それは十中八九ムゲンマウンテンであろうからインプモンの言うとおりでまず間違いない。
ならばとりあえずはこの離れ小島から探索をしよう。虱潰し作戦だ。
「……ちょい待て、このベッドどうやって飛んでるの?なんかこう、デビモンが手で操るような素振りをして……」
「知らねぇ」
「そうか。それならなら仕方ないな。うん仕方ない仕方ない。このままじゃ島に墜落するんですけどね!?」
徐々にベッドの高度が下がってきている。どう見ても段々と近づいてくる浮島にこのベッドの動力源もわからない以上、このまま衝突するのを待つしかない。
どうあがいても絶望!?
「んなこた分かってるっつのっ!」
「分かってんならなんかいい案は、救いはないんですかインプモンの旦那あああ!」
「な、なんとかっつっても……」
ガクガクとインプモンの肩を掴んで揺らす。わたわたぎゃあぎゃあと慌てたり騒いでいるがその間もどんどん浮島は近づいているわけで。
それにインプモンはいい顔をしながらグッと親指を立ててサムズアップをする。
「無理!」
「エマージェンシーエマージェンシー!」
「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」」
そして私達は島へまっ逆さまに墜落した。
ちゅどーんどんがらがっしゃん。
なんて大層な音は無く、私達とベッドが落ちた場所は運良く川だった。
少し場所がズレていればお堅い大地とこんにちはだ。運がなければ即死だった!
そのかわりにか落ちた瞬間川の水しぶきを見事に被り、私もインプモンも濡れ雑巾と化してしまう。
「ぶはあっ!水飲んじまった……」
「ッんぶぇっちくしょおおおおいあーぢきしょおおおおおおいっ!あ"ーボケぇ!」
「うっせぇなオヤジかテメーは!」
抑えきれなくついオッサンのようなクシャミが出る。生理現象だから仕方ないね。
ハウス!と言いながら私の背中を蹴るインプモンがすぐにハッとした表情でたずねてきた。
「……風邪か?」
「どうだろ、今水被ったばかりで……誰だバカは風邪ひかないって言った奴!前出ろ……前だ!」
「読者の気持ち読み取るなよ。あれだ、腹出してアホ面で寝てたからだろ。ちょっオレのスカーフで鼻かもうとすんな!」
「だでがあほづらだ!ばなづまっできだ。おかーさんスコッティチョウダイ」
もしくは鼻セレブでも可。
インコのようにカタコトで言いながらジリジリと荒らぶる鷹のポーズでインプモンに近づく。飛びだせ大悪党ッ!
「誰がお母さんだ!ああもうわかったわかったから!とりあえず寝てろよ鬱陶しい!」
「誰が鬱陶しいだと暑苦しいの間違んぐしゅっ!ぶっは」
言葉の途中で耐えきれず汚いクシャミが出る。それにインプモンがはぁ、と大きくため息をついた。
「……いや寝てろ。悪化したら面倒だ」
「えーっ俺寝んのぉ!?やだよぉ!いやごめん……そうもいかんでしょ。早く皆を探さんと」
物真似をするとインプモンが白い目で見てきたのでそっとスルーをする。そもそもこんな狭いベッドの上でアホなコントをしている場合ではない。
そう言うとインプモンもそれもそうだな、と周りを見渡しながらそう口にする。
とりあえず意見は一致。さてこれからどうしようか。
「このままベッドで流されてる訳にもいかんね」
「そうだな、下手すれば海まで流されて漂流するかもな」
ゆうすけなら日本にたどり着けるんだが……いやそれならシーマンを探した方がいい。って何の話だ。
うーん、と二人共同じように腕組みをして考える。
そもそも今行ける場所を考えても、飛べないし泳げない私達はこの浮島内しかないだろう。
そういえば、空から見た時になんか建物っぽい物が見えたしもしかすると案外見つかるかもしれない。はぐれた今ならみんなもそういった目印になるような所に行くはずだ。
「よし、降りてこの島を探してみよう!建物みたいなのも見えたからそれも気になるし」
「ああ、見えてたな。何か手掛かりがあるかもしれねぇな」
「せやな!」
そうと決まればベッドを岸に近づけて降りなければ。
川底の大きな石に当たりガタンガタンと頻繁に揺れるので結構危ない。
「……」
「……………」
川辺を見つめながら飛び移るタイミングを待つ。せっ……!せっ……!
その間私は沈黙は何とも思わなかったがどうやらインプモンは気まずいらしい。どことなく居心地が悪そうにしている。
少しの沈黙を破ってインプモンが口を開いた。と、その時、
「……灯緒、あ――」
「スパークリングサンダー!」
「へ?」
「フッフッフー!」
突然川下から大きな声と雷のようなバチバチという鋭い音が響いた。
声がした方を見ると、そこには赤い体に青い模様をした、ピンと立った耳と扇形の尻尾を持つデジモンが大網を引いている所だった。
そのデジモンは嬉しそうな声で陸に上がった沢山の魚を網に入れていく。
「ちょろいちょろい!これだけありゃあ十分だ!待ってなよベビー達!もうすぐオレ様がたんまり餌持って帰っからなー!……ん?」
上機嫌で次々に魚を収穫するデジモンは、数秒後に何食わぬ顔でスィーッとスライド式に流れてきた私達に気付きぽかんとした顔をしている。
端から見るとなんとシュールな光景のことか。
「「「…………」」」
「ハ、ハァイ」
目と目が合う。なんという気まずい雰囲気。とりあえず無難に挨拶をしておく。挨拶は大事だよ!
「お、大物だああああああああああ!」
「ぎょぎょー!違います魚違いです!」
ばっしゃーん!
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