04 「てめーらには教えてやんねー!クソして寝ろ!」闇の使者 デビモン
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さて、私も布団に潜……らずにベッドに腰かけた。
この窓際のベッドには月の光が直接射し込んでいてとても明るい。おお今日は満月か、通りでいつもより明るいワケだ。
「………」
「………」
そしてこのインデレ(※インプモン特有のツンデレの略。ここでは無駄デレ。亜種としてクーデレ、ツンギレなどがある。)である。
私が座る後ろでインプモンもベッドの上に座り込み寝る様子はない。
なんなのこいつ寝ないの。寝ろよ!あれもラブ、これもラブしろよ!カクンテカクンテ!
「インプモン」
「……なんだよ」
「寝れない」
「寝れないじゃねーだろ、起きてんだろ。ばかにすんな」
ぶっきらぼうに返すその言葉にうっ、と詰る。意外とこういう所で鋭いんだから。
インプモンはフンと鼻を鳴らした。自分の影で表情が見えづらいがほんのりと頬を染めている様が浮かんだ。
分かってんだよとかカッコつけてるけどさっき風呂から逃げからねこいつ。全然キマッてないからね、流行りの雰囲気イケメンか。
「お前分かってんだろ、おかしいって」
「せやろか」
「誤魔化すなっ」
「せやな。見張りなんて1人いりゃいいんだよ、お前は寝ろ」
「うるさい、オレも寝れねぇんだ」
「あんだと疲れてるくせに」
意地でも付き合うつもりらしい。
こんな所でデレられても困るんだけどな、明日に響くんだから。睡眠は大事!ブルスコファー!
「じゃあ言うけど、ムゲンマウンテン下りる時からずっと変だよチミ」
「………」
「気付かないと思った?残念!バレバレでした!」
やーい!お前ん家おっばけ屋敷ー!と笑いながら言うと案の定インプモンは黙りこくる。
あんなにあからさまじゃ逆に気にならない訳がない。あれだ、意外と感情がまんま顔や動きに出るタイプである。
それ以前にインプモンが隠し事をしているのは出会った時から明白なんだけれども。
よし拗ねろ、拗ねてふて寝しろ!
「そりゃ言ってくれるまで待つけどさ」
訊ねておいてなんだがやはり強要はしたくない。インプモンが自分でどうするべきか決めるべきだ。こいつは人形じゃない。
……本当は自分のずっと奥底では聞くのが怖いのかもしれない。だから前は考えるのを止めた。
そしてまた、今も。
「そこまで頑なに言いたくないくらいインプモンのパートナーとして力量不足かね、私」
しまった。
「…………」
「なーんつってなー!久々に飯風呂寝るの三拍子揃って頭のネジ緩んでるみたいだーこりゃあ一本取られたわい!ネジが一本飛んでるだけに、僕満足!一本満足!ハッ!わっはっは」
「……パートナー、か」
おおっと、口が滑ってしまったと誤魔化しに高笑いをすればそれに混じってインプモンがぽつりと呟いた。
「……違うんだ。オレは、自分のこの現実を認めたくなかったんだ」
私の後ろの背中合わせをしている小さな体が強ばるのを感じた。
ぐっと何かを抑えつけているかのように堅く。
「本当は話さなきゃなんねぇ事が沢山あるんだ。でも言えない、それはオレの方の力量不足だ。オレが悪いんだ、全部。オレが……」
「お前が悪いと誰が決めた」
問いかけにインプモンが目を泳がせる。
「……それは……」
「悪いとは悪だ。ピカレスクだ。お前は違う、ばかで正直で優しいお前が悪なわけがない」
そんなお前を救えない弱い私こそ悪だ。
鼓動が頭の中で重く響く。
無意識に力が込められた手は整えられたシーツに深い皺を刻む。
まただ。力不足だの弱いだの自分のことばかり考えてインプモンにはお構い無しか。そんなことを考えてる元気があるなら今この状況を打破する最善策を考えろ。バカ野郎。
そして震えながらもゆっくりとインプモンが何かを伝えようと口を開いたその時。
「―――ッ!」
「インプモン?」
「トイレぐらい1人で行けよなぁ」
「太一だって、夜1人でトイレ行くの怖いくせに」
「んなわけないだろ!もう小5だぞ?」
急に飛び出したインプモンを追い部屋を出てすぐの廊下に太一とアグモンがいた。
どうやら2人は扉側のベッドだったようで話していた私とインプモンに気が付かずに部屋を出たようだ。見張りの結果がこれだよ!
「あ?太一にアグモン?」
「おう、灯緒にインプモンか。なんだお前らもトイレか?」
「てめーらには教えてやんねー!クソして寝ろ!」
「まさに外道!?」
「違ぇよばか。……胸騒ぎが、嫌な感じがするんだ」
「嫌な感じ?」
「と言うと?」
そう話しながら急ぐアグモンを先頭に4人でトイレへと歩く。
――嫌な感じ。
やはりこの館はなにかしらあるのだろうか、インプモンの直感について考える。というより深く考えなくともこの館がおかしいのは確かだ。
欠伸をする太一とは逆にアグモンは駆け足で個室へ直行した。
トイレの個室から踏張っている声が聞こえる。
「おいまだかよ、眠いんだから早くしろよ!」
「いやまだアグモン入ったばっかだしょ」
「んー……おかしいなぁ。あんだけ食べたんだから沢山ウンコ出ると思ったのに……」
「出ないんなら帰るぞー」
「待ってよ太一、すぐ出すから!んーッ!んーッ!……おならしか出ない……」
太一の声にアグモンが焦りながら力む声が聞こえたと思えば異臭が個室から臭い出した。
ヒャッハーウンチ以下の臭いがプンプンするぜー!
「ッくせぇーッ!?くせくせくせ!」
「だっておならしか出ないんだよ……」
「まさか、嫌な予感ってコレのこ……」
「んな訳ねーだろ!」
あまりの臭さに鼻をつまみながらぎゃあぎゃあ騒いでいると突然アグモンのいる隣の個室のドアが吹き飛んだ。
そこから勢いよく飛び出てきたのは見覚えのある緑の巨体。
「ッではああああっ!くっせぇじゃねーかコノヤロォー!」
「ああああ!?」
「オーガモンだぁあああ!」
「走れッ!」
何でこんな所に!?
などと言う暇もなく太一達に続き反射的にトイレから飛び出して皆が寝ている寝室へ走る。
しかし寝室へ続く廊下の途中を仁王立ちで待ち構えていたレオモンが塞いでいた。
「あ!?」
「子供達、倒す……!」
「レオモン!」
「こいつ達のことか、インプモン!」
「………」
インプモンを見ると、前後の二匹だけではなくどこか別の何かに警戒しているように見える。
という事はこいつら一旦退いて応援でも呼んでリベンジマッチだろうか?インプモンはその多勢に気付いて――、
「インプモン?」
いや違う。限界まで目を見開いて一目で分かる程震えて。
これは、恐怖?
「大人しく寝ておればいいものを……」
「あ!?」
低く重い声が館に響いた。夜の闇に紛れて反対側の通路の手摺り上に影が浮かび上がる。
暗闇に溶け込む黒い体に深紅の目、背中には身の丈以上の蝙の翼、そしてこの重苦しい威圧感。
今まで出会ってきたデジモン達とは桁外れの強さと恐怖が空気を凍てつかせた。
その姿は悪魔そのもの。
「お前は……!?」
「デビモンだ……」
「デビモン?」
「最凶最悪のデジモンだよぉ……!」
太一の問う声にアグモンが震えながらも答える。
そしてそれ以上にか細く震える声が隣から聞こえた。
「………デビモン様」
――――え?
声がした隣を見る。視界に映るのは恐怖に震え今にも崩れてしまいそうな小さな姿。
今、なんて?
「インプモン、貴様は何故そのような奴達と共にいる」
視線の分かりづらい深紅の目が細められ隣方を見下した。
一点を見つめ目を反らせないインプモンの体がびくりと震える。
「……そ、れは……」
「私の命じた事に背き、のうのうと馴れ合いなどとは堕ちたな。私の命が聞けぬというのか、それともスパイのつもりか?どちらにしろ貴様など役立たずだがな」
「………」
「インプモン……?」
「どういうことだ……?」
ちょっと待ってくれよ。
命?スパイ?何を言ってるんだ、話が見えな、る?
インプモンを見やると俯いて表情が見えない。
太一とアグモンも話が見えないのか困惑した表情を向けている。その様子をデビモンは鼻で笑った。
「ふん、夢はもう失われた……」
「あああ!?」
デビモンが呟くと館が振動し床や壁もろとも塵のように崩れていく。
残ったのは廃墟のような瓦礫の館だった。
すると床だけ残った寝室からいち早く異変に気付いたヤマトが叫び、次に空とミミも別の意味で叫ぶ声がした。
「な、なんだこれは!?」
「きゃああああっ!」
「えぇっ!?」
悲鳴を無視してデビモンが手を翳す。
すると全てのベッドが宙に浮かび上がり皆を乗せたまま上空を飛び回り始める。
「うわあああああッ!」
「きゃあああああッ!」
「タケルーーッ!」
「どうなってるんです!?」
状況が把握できていないのとかなりの高さをベッドが振り落とされそうな程速く飛び回る怖さに皆が次々と悲鳴を上げる。
あのままではどうなるか分からない、人質のようなものだ。
「みんなッ!?」
「太一ぃぃ……」
「あ!?」
「力が出ないよ……あんなに食べたのにぃ……」
「えぇっ!?」
上空から視線を声の方へやればアグモンが腹を押さえながらへたり込んでいた。力の無い声と腹の音が情けなく響く。
それを見てデビモンが嘲笑った。
「当然だな。食べ物も風呂も全ては幻だったのだよ」
「なんだって!?何故俺達をこんな目に合わせる!?」
「……お前らが、選ばれし子供達だから」
太一の疑問に答えたのはインプモンだった。
「選ばれし、子供達?」
聞き覚えの無い言葉、先程の会話。悪い方向にしか頭は動かない。インプモンの顔がまともに見れない。
わかった。わかってしまった。理解した途端込み上げてくるのは、後悔。
「そうだ、私にとって邪魔な存在なのだ。黒い歯車でこの世界を覆い尽くそうとしている、私にとってはな!」
「うわああぁ……!」
「…………」
デビモンが高らかに叫ぶと大きな地響きと共に大地がひび割れていき、地面の中から無数の黒い歯車が現れた。ファイル島が轟音をたてながらバラバラになって散らばっていく。
でも今は、それよりも大事なことがある。
デビモンの声がファイル島の夜にこだまする。
分裂していくファイル島を見ながら愉快に笑うデビモンが滑稽だとでも言うようにインプモンを一瞥した。
べらべらと御託を並べるデビモンに対しインプモンは体を強張らせて動かない。私の視線に気付いているはずなのに、私を見ない。
「インプモン、貴様はこの私を裏切ったな。もとより期待などは大してしていない保障程度だったがこの始末だ。全く使えぬ役立たずめ」
「っやめ……」
「ファイル島を裏で統括する私に刃向かえば、どうなるかも分かるだろう。哀れな、頭の悪い奴よ。こんな事であれば始めから黒い歯車を貴様に埋め込んでおけば早くに事が運べた」
「…………」
「インプモン、灯緒……」
一方的な会話を聞きながら太一が心配そうな表情でこちらに問いかける。
すまん、今自分の事で一杯一杯なんだ。
「そう、ファイル島は既に黒い歯車で覆い尽くした……次は海の向こうの世界全てだ!」
デビモンの野望に燃える声が高らかに響く。その言葉に太一が反応した。
「海の向こう……?この島の他にまだこの世界があるのか?」
「お前達が見ることはない、ここがお前達の墓場となるのだからな!」
ふん、と鼻をならし今にも掴み掛かろうとデビモンがこちらに腕を伸ばす。一方の腕は太一にそしてもう片方はインプモンへ。
硬直する私達をデビモンは嘲笑う。
「貴様ももう用済みだ」
「……待てよ」
何が用済みだよ、お前に何が分かるってんだよ。
インプモンの一歩前に立ちはだかるとデビモンの腕が私の前で止まった。
「っ灯緒……!」
「お前か、インプモンのパートナーとやらは」
「さっきからごちゃごちゃ御託並べやがって、もっとスッパリ簡潔に言えよ。語力足りねーのかお前」
顔を上げるとデビモンはにやりと小さく笑っていた。
その態度が癪に触る。
「言え。インプモンに何した」
「何、簡単な事だ。危険の種は芽が出る前に摘み取っておいた方がいいだろう。お前達選ばれし子供達がこの島に来る前に細工として少し脅してやったのだ」
一息。
デビモンの口角が一際上がる。
「お前のパートナーは来ない、お前の事など存在も知らない。諦めて私の下につけ、と」
言葉にされたのは真実。
後ろでインプモンが目を反らすように俯くのがわかった。
「そもそもなにかの因果かインプモン貴様のみがウィルス種、他の奴らと共には居れまい。そう、奴らだけが特別なのだ。貴様は要らない異端の存在。ならばウィルス種を束ねる私の下へ来い。そう選ばれし子供達自体を減らす策だったがこの通りだ。どこまでも役立たずよ」
デビモンは私が知らない事を混ぜて話すがもはやそれさえどうでもいい。
ウィルス種?そんなもん知るか。
異端の存在?それだけで決められるのか?
因果?断ち切れ、そんなくだらないモン。
こいつを、インプモンをなんだと思ってんだ。
道具のように壊れれば捨てる、その態度が気に入らん。
「……おい」
「……やめろっ……!」
握りしめた拳が痛い。一歩踏み出した私をインプモンが咄嗟に止めた。
何全て分かりきったような口きいてんだ。何を分かってんだ。
お前みたいな私利私欲しか持たないような奴に全てを狂わされたあいつの苦しみの何が!
「灯緒、やめろ……!」
震える声で制止をかけるインプモン。
デビモンの恐ろしさと突き付けられた言葉への悔しさと、様々な感情がごちゃごちゃに混ざったような表情。
他のデジモン達よりも相手の力量が測れるからこそこいつは抵抗しない。かなわないと分かっているから。
誰よりも賢く、誰よりも愚かだ。
こんなになってしまったのは全て目の前のあいつのせいなのにデビモンを恨みもしない態度に堪忍の尾が切れる。
「お前は、それでいいのかよ!?」
「ッ!」
「このままずっと逃げたままでいいのかよ!今までのお前を捨てるなら、今しかないんだ!何もしないまま死ぬ気かよ!?」
「………ッ」
インプモンと涙を溜めた目が合う。
大きく開かれた瞳に必死の形相の自分が見えた。
「……オレは……ッ」
「子供達、倒す……!」
インプモンの小さな声にかぶさるように太一達の方からレオモンの声が聞こえた。
私達が振り返ると同時にすぐに察知したアグモンがレオモンと対峙する。
「ベビー……」
「獣王拳ッ!」
「アグモン!――うぐっ!」
力の出ないアグモンのベビーフレイムは不発しレオモンの獣王拳を正面から食らい倒れ込んだ。その隙にレオモンが太一の首を掴み持ち上げる。
苦しそうに呻く太一をアグモンは倒れながら見るしかできない。
「太一ィーッ!」
「あ……!」
「あがいても無駄だ!お前にはもう進化するだけの力は残っていない!」
レオモンの後ろで瓦礫の上に立つデビモンが一喝した。太一を掴み上げているレオモンを睨みつける。
こっちの存在無視してドンパチ始めんな!牙を向けてるのはこっちだぞ!
「太一を離せ、この!」
「お前は私が直々に始末してやる、感謝するがいい」
「ッ!」
レオモンに掴み掛かろうとした瞬間デビモンがその長い腕で私の首を掴んだ。そして太一と同じ形で体を持ち上げられる。
苦しさでどうにかなってしまいそうだ。生理的な涙が目に溜まる。
「やれ、レオモン!」
声にレオモンが腰の剣を抜に同時にデビモンの鋭い爪先が光るのが見えた。それに太一も私も一気に青ざめる。
――殺される。
「ああっ!?」
「くそ……!」
「太一ィーッ!」
「やめろっ……やめてくれ!」
酸欠で視界が眩んでいく中アグモンとインプモンの悲痛の声が聞こえる。
横からは太一の苦しむ声、そして同じように呻く自分の声。様々な感情が混ざる中見えるのは絶望の一色だ。
「灯緒ッ……!」
ジャリ、と地面を引っ掻く音が聞こえる。
こいつのせいでインプモンは苦しんでるのに私がリョナってる場合じゃない。
私がインプモンを、ダチを助けなきゃ誰が助けられるってんだ!こんな所でおちおちくたばってたまるか!
そう言おうとしても強く首が圧迫され私の思いは声にならない。絞りだした言葉は立ちすくむ。
「インプ、モン……!」
剣が、爪が、体を貫こうとした。
「灯緒ーーッ!!」
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