01 「素晴らしい、芸術は爆発だもんね!」闇の使者 デビモン
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上も下も、全てが朝日を浴びて鮮やかな青色に輝いていた。
今、私達の眼下に広がるのは絶海の孤島ファイル島と蒼い大海原。それだけである。
「なんてことだ……ここは本当に島だったんだ……」
一応は想定していたと言えど、一番そうであったら困ると皆が考えていたこの最悪の状況に、常に希望を持ち続けていた丈は力なく地面に座り込む。
その後ろで太一と空も目の前の光景を目にして現状を把握したらしく、呆然として立ちすくむ。
風がごうごうと吹き荒れる山頂に、その風以外の音はない。
そんな騒がしい静寂を破るように、徐々に背後から数人の足音と荒い息遣いが聞こえてきたことに灯緒が振り返る。すると、そこには残りのメンバー全員が丁度頂上に辿り着いたところだった。
「これからどうすればいいんだ僕達は……どうすればいいんだあああぁぁーーーッ!」
「皆、おっはー!」
「お前本っ当空気読まねぇな」
「ヤッホォォォー!ヨーロレイヒィィーッ!黒ヤッホォォォー!」
「灯緒うるせぇ!集中出来ねぇだろ!」
「太一?何してる?」
山に来たら山びこをしないで何とする!そう踏ん反り返るとインプモンが氷河期のような冷ややかな目で見てきた。見せモンじゃねーぞコルァ!
騒音の原因は置いておいて、きょとんとしたアグモンの声につられて隣を見ると太一は座りながら単眼鏡で島を忙しなく見回し、続いて紙にざかざかと何かを描き込んでいる。
「地図を作ってるんだ。これから何か役に立つかもしれないからな!」
「成る程、それはいい考えですね………え゛」
それを聞いていた光子朗が感心しながら太一の手元を覗き込む、と一瞬にして笑んでいた顔が微妙な顔になって固まってしまった。
それもそのはず太一の手元のそれは、本人が言うには『地図』らしいが正直なところ控えめに言っても『地図』には見えない。百歩譲って落書きだとしても、どこをどうみてもひっくり返しても、何が描いてあるかさっぱりである。申し訳ないが、むしろ地図だったんだ……わけわかめ。
「……とても役に立つとは思えん!」
「太一って図工苦手だったよねぇ……」
「素晴らしい、芸術は爆発だもんね!」
「書いた本人が分かってるからいいんだよっ!」
話題に釣られてヤマトも空も後ろから地図(太一談)を見ると、途端に呆れたりため息をついたりの散々な反応だ。可哀想なのでフォローしてみるがそれも逆効果のご様子。
余りの評価に、流石の太一も怒り半分恥ずかしさ半分といった様子で怒鳴る。悪いな、この地図は1人用なんだ。
「でも地図はあった方が助かるよね!備えあれば嬉しいな!」
「憂いなしな。まあ、本人がわかってんならいいか……」
「地図なんか書いても無駄だよ……。もう、どうしようもないんだ……」
ヤマトにツッコミを入れられながらも黙々と地図を書いてゆく太一を見る。
そうやって中々にポジティブな思考でいる太一とは対照的に、あれからずっと座り込んだままの丈がこの世の終わりを見たような目をしながらネガティブ全開で呟く。ファイル島が絶海の孤島であった事実が相当ショックだったようだ。
そもそもファイル『島』という名前を聞いた時から最悪そんなことだろうとは思ってたけれど。想定内の範囲という奴である。かと言ってそもそもまだ全てが、私達が元居たところに一生帰れないと決まった訳ではない。
ナイーブというか繊細というか、そこが他のメンバーにはない丈だけの個性ではあるが。
「またそんなネガっちゃって……。大丈夫?結婚する?」
「!?」
青い顔でうなだれる丈に近寄って茶化すようにけろっと言ってみると、その瞬間ここにいた全員が目をかっぴらいて灯緒を一斉に振り向いた。え、何事!?般若が、みんなの後ろに般若が見えるよ!?
「は、ちょ、え、なんて?」
「何言ってるの灯緒ちゃんッ!」
「ね、ネタだよ冗談だよ!おこなの!?カム着火ファイヤー、いやインフェルノなの!?」
「冗談でもそういう発言は言っちゃ駄目!わかった?」
「ったく、ビビらせんじゃねーよ……」
皆のあまりの形相と勢いに押され思わずDO☆GE☆ZAした。
あれか、小学生にはちょっと刺激の強いギャグネタだったか。てへぺろ。
「えーっと、さーせんっした!」
「……ばーか」
「な、何すんだこの真っ黒黒助!」
平謝りする私に横から傍観をしていたインプモンが蹴りを入れてきた。
もうやだこの子達!最近本当に私の立場弱いよ助けてママァー!
「はぁ……灯緒ちゃんもこんなんだし……。どうしてこんなことになっちゃったのかしら……」
「ミミ……」
「私のせいなの……?んなネガティブなこと言わないでさ、帰れないって決まった訳じゃないし!」
「でも灯緒ちゃんは一生こんなキャラな気がする……」
「そこ心配するんだ!?」
深刻な顔して考えるのはそれなんだ!?すごくどうでもいい!
そう場を和ませたかと思えば、徐々にまた皆の口数が減ってゆく。
私の渾身のネタが一瞬で鎮火……!というかこんな嘆く程かなぁ。まだ希望はいくらでもあるのに。
「でも、今諦めてどーするよ。まだ何もしてないでしょ」
「だってここは孤島だよ?助かる保障どころか生きていける保障さえも…」
「何言ってんの、助かるよ!今だってその結果でしょ」
まだ暗い表情をする丈とは反対に私は明るく返す。
ここに来てから、いつくもの危険を乗り越えて来たじゃないか。
その度に私達は喜んで、強くなって、沢山のものを得たじゃないか。
だから大丈夫。先を恐れて立ち止まってしまうことだけはしたくない。
もし立ち止まってしまったら私は酷く揺らいでしまう。今まで信じてきたものが。
「……だから嘆く暇があるならできることをしようぜ!」
一瞬頭に過ったものを振り払うように頭を振る。ダメだダメだ、私までネガティブ一直線になってどうする!
ね!と笑うと相変わらず1人通常運転な私にインプモンが呆れる。
「お前その自信は一体どこから来んだよ……」
「当然、皆からだ!」
「は」
その瞬間、ドゴォン!と何かが爆破した音が辺りに響いた。
タイミングの良さがまるで特撮のようだ。
「!?」
「何だ!?」
どうやら近くで爆発が起きたらしく地面が爆発の余韻で揺れる。
突然の爆音に危険を感じ、私達はすぐさま音の発生現場へ走った。
「あああぁ!?」
「通れなくなってる!」
「何で道が……あ?」
見ると切りたった崖に面している山道が一部だけ綺麗さっぱりに無くなっていた。先程の爆発で崩れてしまったようだ。
全員が動揺をしている中、反対側に続く山道に視線を向けると岩陰から何かが姿を現した。
「あ、レオモンだ!」
「レオ?」
姿を現したのはレオモンというらしい。
ライオンの頭に屈強な人の体を持ついかにも強そうなデジモンだ。
レオモンを見てパタモンとガブモンが嬉しそうに言う。他のデジモン達も同様に警戒はしていない様子だ。
「レオモンって?」
「レオモンは良いデジモン!」
「とっても強い正義のデジモン!」
「正義?カッコいいけどそうには……」
目の前のレオモンからは二匹の言葉を感じさせない雰囲気を漂わせている気がする。
私はレオモンの様子を伺うも、微動駄にしないレオモンの目は虚ろで意志が汲み取れない。
同じくそう感じたらしいインプモンが体を強張らせた。
「……違う」
「……子供達……倒す!」
「え?」
小さくそう呟いたかと思えばレオモンは腰に挿していた剣を抜き構える。その動作はどう見ても私達に向けてのもの。
どうやら予想的中、奴は敵らしい。
「やっぱり!?」
「っ逃げろ!」
ただならぬレオモンの様子に全員が危険を察知し同時に今来た道を走り出す。
後ろを見れば案の定レオモンが崩れた崖を飛び越えて追って来た。
「あ!」
「太一!」
一行の後ろを走る太一がポケットから地図を落としてしまい、取り戻そうと立ち止まって振り返る。
が、太一とヒラヒラと舞う地図を間にレオモンの姿が見えた。
取りに戻れば確実に奴にやられてしまう。
「あっ……」
「危ない!」
「ベビーフレイム!」
一瞬戻るか戻るまいか迷い足を止める太一の手を私は反射的に掴み引く。
その横で咄嗟にアグモンがレオモンに炎の塊を放った。攻撃は見事レオモンに当たり、防御の体勢にさせて時間を稼ぐ。
「あああ……」
「おい、早く!」
しかし同時に、宙を舞っていた地図にベビーフレイムの火が引火し燃やしてしまった。
アグモンはしまった、という顔をするがレオモンが迫ってくる以上モタモタしている暇もない。
インプモンの叱咤を聞き慌てて地図を放って走りだす。
「太一ごめん!地図まで燃えちゃったあぁ〜!」
「しょうがないよ!」
「どんまいアグモン!」
前を行く皆に追い付こうと加速しながら山道を走る。
すると、今度は一行の前方の岩陰から緑色の影が飛び出してきた。
「ハーッハッハッハァ!いらっしゃーい!」
「うわぁあ!?」
「い、いらっしゃいましたー!?」
大きな声で笑いながら出てきたデジモンは緑の肌に鋭い牙、角、爪を持ち右手には骨の武器を携えている。
高笑いをしながら出てきた所レオモンとは逆に感情的なようだ。
「待ってたぜェ、覚悟しなァ!」
「オーガモンだ!」
「あれも本当は良いデジモンなの?」
「正真正銘の悪い奴だよ!」
「見た目からして悪役だしねー」
「うるせェ!好き勝手言いやがって!」
リアクションを返してくれる辺りノリがいい奴さんだなぁ。
どうやらこっちのオーガモンはこれが素の面らしい。ということはやはり正義を名乗るレオモンがどこかおかしいのは一目瞭然だ。
「うぇっ!」
「選ばれし子供達……倒す!」
「レオモン!」
ミミの悲鳴に後ろを振り返ればすぐそこにレオモンが追いついていた。
後ろにはレオモン前にはオーガモンが居り、横は崖と壁。私達は逃げ道を失ってしまった。
「しまった、挟まれた!」
「最初から僕達をここに追い込む作戦だったんですよ!」
「そんな!レオモンとオーガモンは敵同士なのに!」
ピヨモンの言葉に疑問が浮かぶ。敵同士?どういうことだ?
理由は分からないがこちらを卑怯な手で倒そうとしてきている事には変わりない。
戦うなら正面衝突、正々堂々とだろ!許せん!
「卑怯だぞお前ら!そんなで正義語るたぁ笑止!」
「へッ、正義なんて勝って名乗りゃいいんだよォ!行くぜェ!」
指を差して言えばオーガモンは鼻で笑い飛ばす。
袋の鼠状態の私達を一気に畳み掛けようとレオモンとオーガモンが同時に攻撃をしかけてきた。
「骨棍棒!」
「獅子王丸!」
「うわあああああああ!」
「きゃあああああああ!」
敵の叫びと皆の悲鳴が混じり合う。
その中からまた別の声が響いた。
皆のあの小さな機械から光が溢れ、辺りを照らした。
「アグモン進化!――グレイモン!」
「ガブモン進化!――ガルルモン!」
「パルモン進化!――トゲモン!」
進化したグレイモン、ガルルモン、トゲモンの三体はレオモンへ向かっていく。
突然の進化と三体同時が相手にレオモンが怯む。
「ピヨモン進化!――バードラモン!」
「テントモン進化!――カブテリモン!」
「ゴマモン進化!――イッカクモン!」
次に進化したバードラモン、カブテリモン、イッカクモンは反対のオーガモンと対峙する。オーガモンも不利な状態に怯んだ。
巨体のデジモン達で狭くなった山道で、今ぶつかり合おうとしたその瞬間。
――ゾクリ。
「――――ッ!」
「……インプモン?」
「――進化したか……」
どこからか、低く冷たく空気を震わせて響くその声は、誰のものだったのか。
今の私達はまだ知りもしなかった。
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