03 「困ります、事務所通して下さい!」咆哮!イッカクモン
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しん、と静まりかえった紺の中、丈はひとり眉をひそめて考えに耽っていた。
(何も出来なかった。喧嘩を止めるどころか僕まで逆上して……。こんなんじゃ駄目だ。僕がしっかりしないと、僕がみんなをまとめなくちゃいけないんだ!)
「僕が……!」
(みんなのためにも、僕が行かなければ……!)
皆がぐっすりと寝静まっている間を通り洞窟の外へ出る。
虫の音しか聞こえない闇夜の中、丈はムゲンマウンテンへと続く道を歩き始めた。
その時、
「あ〜あ、格好つけちゃって!1人であの山に行くつもりかい?」
突然道端の岩影からひょっこりと何食わぬ顔でゴマモンが姿を現した。
「ゴマモン!?」
「おーい灯緒!予想通り来たぞ!」
「ブルスコファーブルスコファー……あと5分……いや24時間……」
「丸1日じゃねーか。起きろばか」
「きみ達まで……」
思いもしなかった来客達に丈は目を丸くして驚くが、すぐに3人の意図を汲み取ると睨むようにキッと顔を強張らせた。
「……止めても無駄だぞ」
「だろうね」
「んな野暮なことしないしない」
「………」
勿論私も止める気はない。
丈が皆を想い、悩んだ末に決めた選択だ。なら私はそれを信じよう。決してムゲンマウンテンに行くのが楽しそうだからじゃ私も行ったろ〜的なノリではない。断じてない!
難点はちょっと眠い事だが、最っ高にハイ(徹夜明けの妙なテンション的なもの)ってやつだ!
「さ、どうぞ!」
ゴマモンが上から目線でそう言い、端に寄って道を開ける。丈はゴマモンを一瞥すると歩き出したが。
「んっしょ!」
隠れもせずに堂々とゴマモンと私とインプモンがついてくるのが分かると思いっきり顔を顰めた。
「ついてくるな!僕は1人で行く!きみ達もだ!」
「別にぃ〜?オイラ達もあの山に用があるんだ。なぁ灯緒、インプモン!」
「そーそー野暮用!今度こそ私達のことはお気になさらず」
「だそうだ。ま、頑張ることだな」
「……勝手にしろ!」
飄々と言ってのける邪魔者3人に何を言っても聞かない事を悟ると、丈は難しい顔をしながらも向き直ってさっさと歩き出した。
なんだかんだで許しを出した丈を見てゴマモンがニヤニヤとからかうように笑う。
「全く、素直じゃないなぁ丈は」
「何が?」
「しらばっくれんなよジャリボーイ」
「1人じゃ心細かったんだろ?」
「馬鹿言うな!」
「いいっていいって!気にすんな!」
「……ふん」
「おやぁ丈くん照れてる?むふふ」
「そんな訳ないだろっ!」
「おお、こわいこわい」
私もゴマモンと一緒ににやけ顔で丈をからかい、インプモンは私の横で呆れを含んだ目でそれを見る。鬱陶しそうに阻むと丈は改めて目の前のムゲンマウンテンを見上げた。
「……それにしても、大きな山だな……」
「もう根を上げたのかぁ?」
「そんなんじゃないよ!」
「強がらなくてもいいんだよーグリーンだヨー!」
「そうそう!いざとなったら、オイラが手を貸してやるよ!」
きつい山道に皆が息を荒げる中、ゴマモンが自分は棚に上げて丈に突っかかった。
しかし丈はゴマモンの言葉に思わず振り返ってまじまじとゴマモンの前足を見る。
「え、手……?それ手だったの……?」
「手っつーか、前足?」
「怒るよ?2人共」
「冗談冗談」
半目でジロリとゴマモンが睨むと丈はすぐに小さく笑って火消しをした。それにゴマモンは驚くと共に思わず笑う。
「……あは!」
「どうした?」
「……丈にも冗談が言えるんだ」
「え?」
「なんでもない!さ、行くぜ!」
嬉しそうにゴマモンが小さく呟いた言葉は、丈はうまく聞き取れなかったのか怪訝な顔をする。
「……灯緒くん何ニヤニヤしてるんだよ、気持ち悪い」
「……おい。いいのかよ」
「ヴェ?何が?」
山の中腹あたりまで登って来た時にずっと黙りっぱなしだったインプモンが小さい声で私に声をかけてきた。
「他の連中放ってきて。いないって気付いたら慌てるんじゃねーか?」
「あぁ、んなことか!大丈夫大丈夫!皆そんな柔じゃないって」
「ふーん……まぁアイツ達なんてどーでもいいけど」
「どーでもいいとかゆーな!仲間はずれは許しまへんで!」
「……お前もう少し疑う事もした方がいいんじゃねぇの」
プンプンと怒りながらしゃもじを振り回す真似をしている私とは反対にインプモンは真剣な声音で私を一瞥した。温度差やばいんだけど。恥ずかしいんだけど!
「えっと、どゆこと?」
「そのままの意味だ。真っ向バカじゃこの先痛い目見るぞ」
「えーと、つまり」
「……いい。先行く」
私が言葉の意味を理解しようと考えている途中でインプモンは私を置いて先を行く丈とゴマモンの方へさっさと歩きだした。
何がいいんだよ、全然意味わからん。私の頭が弱いのか、そうなのか。
(つまり、インプモンが疑う事を勧めるということは)
てっきり、なんで丈をそんなに気にかけているのかとかいう疑問かと思ったがきっとそれじゃない。
前を行く小さい背中を見る。
(インプモンは私達が疑うべきな事をしている?)
そこまで考えて、やめた。
「酷い道だな……」
丈とゴマモン、私、インプモンの四人(?)は川を飛び越え丸太の橋を渡り、洞窟へ入り断崖絶壁を壁づたいに歩くという、まさにジョーンズ先生が行きそうな場所を黙々と進んで行く。テーテレッテーテーテテー!
「んぐぐぐぐ……!」
「んっしょ……」
「ほら、灯緒くん」
「あ、ありがと!」
目の前の高い段差を先に上に登った丈にゴマモンは抱き上げて貰い、私は手を借りながら登りきったところで私達はどっと倒れこんだ。
流石にこれだけの山道を歩いてきてまさに足が棒だ!
「はぁああっ!」
「疲れたぁーっ!」
「ちょっと休憩ッ!」
地面に座り込みながら今まで登ってきた眼下を見る。見ろ、木々がゴミのようだ!
「おおー結構登ってきたね!」
「でもまだあと半分くらいかな」
荒い息を整えながら丈はまだまだ頂上へは長いムゲンマウンテンの先を見上げる。私も同じく上に視線を向ける。まだまだ高いな……朝までに登れるか怪しい所だ。
「結構やるじゃん!」
「ゴマモンもね!」
汗だくのゴマモンが疲れなんて忘れたように楽しそうに丈に言い、丈も先程までの刺々しい雰囲気はなく同じように笑顔で返す。
やだ、2人の世界じゃない!お姉さん嫉妬しちゃう!
「さぁ皆体力を回復するんだ、僕の顔をお食べ!」
「誰が食うか」
温度差が悔しいので鬱陶しく腕を広げて言えばツンデレに一蹴された。もうなんだかお決まりになってきたなぁ……だけど涙がでちゃう。女の子だもん。グスッ。
と、その瞬間。ゴゴゴと激しい地鳴りが突然辺りを震わし始めた。いきなりの事に私達は困惑しながら辺りを見回す。
「っなんだぁ!?」
「地震!?」
「まさか、この山……火山なのか!?」
「なんだって!それは本当かい?」
「ネタ言ってる場合じゃねー!」
岩から木々や地面までをも揺らす程の音を出しながら山全体が唸る。妙な音も混ざっていると思えば、上を見上げると幾度か目にした物がいくつも飛んでいた。
「あ、あれは!」
「黒い歯車だ!」
「またお前か!」
「…………」
黒い歯車が来る方を目で追うと岩壁に入っている亀裂がゴォン!と地響きを立てながら閉じた。
あれなんて自動ドア?
「なんであんな所から……」
「よし行ってみよう!いざぁ……」
「そうだね、何か分かるかもしれない!」
「うん!」
私達は黒い歯車が出てきた場所へ走る。しかしそこはごく普通の岩壁で黒い歯車が出てくるような、特別変わったものは見当たらない。
サンダーバードばりの秘密基地を期待していたのに!絶対許さない。
「確か、ここら辺だったんだけど……」
「うーん、仕掛けみたいな物は見当たらないなぁ……」
「よし磯野ー!岩壁ぶっ壊そうぜー!」
「こら灯緒くん!変に触らない方がいいよ、もっとよく探してみよう」
歯車が出てきた辺りの地面を調べようとしはじめると、突然ゴマモンが大声を上げた。
「待ってッ!」
「え、なに?」
「どうした?」
「なんだ、あの音……」
「……何かが近づいて来る」
そうゴマモンが呟き、インプモンも耳をすましているので同じように静かにする。
すると「ヒヒィィイン……」という馬のような鳴き声と大きな羽音が微かに聞こえた。
「ん?」
鳴き声が聞こえた方を見れば満月を背にムゲンマウンテンへと向かって飛んでくる大きな白い影が見えた。
「ユニモンだぁ!賢くて大人しいデジモンだよ!」
「へぇーかっこいいね!」
「隠れろ!」
正体が分かった途端に嬉しそうに言うゴマモンとは反対に、危険だと思ったのか丈はゴマモンを抱え岩壁の窪みに隠れる。私も一応同じように丈の横に隠れた。
まぁ警戒するに越したことはないでしょ、多分。
「なんだよぉ!ユニモンは大人しいんだから隠れなくても!」
「きみらのそのデジモン情報ってさ、あてにならないじゃん」
「……確かに」
「今まで十中八九外れてたしね、仕方ないね!」
「ふーん」
丈が鋭く指摘するとゴマモンも流石に図星だったので言い返せなかった。
いいデジモンは大体黒い歯車とやらに暴走させられていたしね。……あれ、これってもしかしなくてもデジャヴ起こるんじゃね?
「あ、ほら。水を飲んでる」
見るとユニモンは小さな滝が流れ落ちる場所で優雅に水を飲んでいる。うーん、ユニコーンとペガサスが合体してる姿なだけあって絵になるデジモンだな。
「あそこが水飲み場なんだ。綺麗だなぁ〜……」
「なぁ?大丈夫って言ったろ!もっと近くで見ようぜッ!」
「困ります、事務所通して下さい!」
「お、おい……!」
そう言ってゴマモンがユニモンの方へ歩きだしたその時、ユニモンが何かを感じたのか頭を上げて宙を見た。耳を動かして辺りの音を聞き警戒する。
「おい待て」
「ん?……」
インプモンとゴマモンも異変に気付き耳をすます。明らかに何処からか妙な音が響いている。ゴマモンは耳をすまし警戒ながら宙を睨んだ。
私達も立ち上がって周りをキョロキョロと見渡す。どこか、妙な感じがする。
「何か、来る」
「何……?」
「……あれは」
音の発生している方であろう眩しい満月を見上げる。すると満月の光から徐々に姿を見せたのは。
「黒い歯車だ!」
黒い歯車は音をたてながら一直線にユニモンへと飛んでいく。明らかに彼を狙って。
「あぁっ!?」
「――――ッ!?」
歯車は見事にユニモンの背中へ突き刺さりユニモンが悲鳴をあげた。
そして次の瞬間こちらに振り向いたユニモンの目は先程とは違う、邪悪な真っ赤な目を光らせていた。
「う、えええ……!」
「や、ヤバい!」
「め、目が……」
ゆっくりと蹄の音をたてながらユニモンはこちらに歩いて来る。黒い歯車のせいでどうやら暴走、狂暴化してしまったようだ。よくもこんなヤバイ製造機を!
「目がいっちゃってるよおおおおお!」
「に、ニフラム!ニフラムううううう!」
「うう〜ん、よく寝た!」
ムゲンマウンテンの麓の洞穴で一行の中で一番早く目を覚ました空は大きく背伸びをした。何気なく周りを見渡すと他の皆はまだぐっすりと寝ているようだ。
しかしその中で異変に気付く。
「ん?丈先輩と灯緒ちゃんがいない……」
昨日見た2人が寝ていたスペースには何もない。
疑問に思った空は既に朝日が眩しい洞穴の外へ様子を見に出た。
「もう起きたのかしら?……あ……」
洞穴を出たすぐの地面に文字が書かれていた。整った綺麗な字と、その下にはお世辞にも上手と言えない字が連なっている。
『すぐもどる。この場を動かず、まっててくれ。丈』
『PS.お風呂上がりに耳掃除をすると湿っている。』
「………。まさか、2人でムゲンマウンテンへ……!?」
下の文は綺麗にスルーしておいて、空は丈と灯緒が自分達を置いてムゲンマウンテンへ行ってしまった事を悟ると慌てて洞穴で眠る皆を起こしに戻った。
「大変!みんなぁ!起きてぇ!」
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